6.アドルフとの晩餐
食堂では、アドルフが先に来て待っていた。
ソフィアは席につくと、筆談を始めた。
『遅くなり申し訳ありません。お行儀は良くないとは思いますが、筆談しながらのお食事でもよろしいですか?』
「遅くはないよ、レディーを待たすわけにはいかないからね、私が早く来すぎただけさ。それに会話をしながらの食事なんだから、筆談は行儀悪いわけではないと私は思うぞ」
『ありがとうございます』
2人の挨拶が終わったところで、料理が次々と運ばれてきた。ここ最近では、食べたことのない量であった。
「これはまた随分と…!」
アドルフとソフィアが驚いていると、
「お二人がこのオルヴェンヌ邸の食堂に揃ったのは7年ぶりにございますから、料理長が張り切りすぎましたかね」
ほほほっ、と、セバスチャンは笑った。
「はははっ。ソフィー、たくさん食べるとしようか。これだと、明日の食事はいらぬかもしれんな」
クスクスとソフィアも笑った。
そんな姿を見て、アドルフとセバスチャンは目を細めた。
二人は乾杯して食事を始めた。
『お父様、婚約破棄により、こちらに戻ることになって申し訳ありません。私はこちらにいてもよろしいのですか?』
「何を言っておるか!謝る必要などどこにもない!婚約が破棄になりよかったんだ!あんなやつに嫁がなくて済んだんだから。皇帝陛下と皇后陛下が良識人であったから、国の為と一人娘だが婚約を認めたというのに、あの皇子め!しかし、安心しろソフィー。私は慰謝料をがっつり獲得してきたぞ!」
拳を突き上げ、アドルフは凱歌をあげた。
『慰謝料をがっつりですか?』
「はははっ、実はな、私から要望したというより、両陛下からのお申し出なんだ。皇太子との婚約破棄や、まぁこちらは状況を多くの者が目撃しているから問題視する貴族は少ないだろうが、障害が残ってしまったことで、次の婚約が難しいことを考えると、補償には一生困らないだけのものを渡したいと言って下されてね」
(たしかに、話も出来ない夫人なんていらないわね)
『私が結婚せず、1人でいることを考えてということですね?』
「そういうことだ。私としてもずっとここにいてもらって構わないんだよー。愛する娘をもう手離したくはないからなぁ。それに、うちは子どもは君一人だから、君さえ良ければ、オルヴェンヌ辺境伯を継いでもらいたいと考えてはいるんだ」
『私に、領地経営ができますでしょうか?』
「皇太子妃教育を完璧に終えてきた君に、出来ないはずがないだろう。ソフィーが言っていたように、皇室には教育を受けさせてもらって、様々なことを学ぶ機会を与えてもらったことは感謝だな」
『本当に、そこには感謝ですね』
二人はにっこりと微笑むと、もう一度乾杯した。
「あ、それとな、アルフレッド皇子には二度とソフィーに近づかぬよう、オルヴェンヌ領には入らぬように約束された」
『アルフレッド……皇子?ですか?アルフレッド様はどうなったのですか?』
「あいつの話は腹が立つからあまりしたくはないのだが、皇帝陛下は元々アルフレッド皇子の皇族としての資質を疑われていたようでな、今回のことで、廃太子にされたのだ。ただの皇子になったが、そのままにしておくつもりはないから、処遇が決まったら、事の成り行きを私に知らせてくれるそうだ」
『そうですか。皇室を出るとなると、あの方は生きられないでしょうね。人望もなさそうでしたから』
アドルフが首都を出発する時にまだ、アルフレッドの処遇が決まらなかったようだ。ソフィアはやれやれといった態度を示した。
「そうだ、ソフィー。今日はマドレーヌが訪ねて来たそうじゃないか。たくさん話は出来たかい?」
『はい。久しぶりの再会に、抱きついてしまいました』
「はははっ、それは意外だな。君はビシバシ教育を受けていた頃は、マドレーヌを怖がっていたじゃないか」
『今となっては、マドレーヌの愛であったと感じているのですよ。皇太子妃教育はさらに厳しいものでしたから。マドレーヌの貴族教育はかわいいものです』
そのセリフに、アドルフは腹を抱えて笑った。ソフィアがこんなに成長しているとは、もう女子ではなく女性であるなと。とはいえ、それほどまでに、皇太子妃教育は辛かったのだなとも受け取れた。
『あの、お父様に相談したいことがございまして。図書館に行きたいのです』
「図書館?何か欲しい小説でもあるのか?」
『いえ、調べものをしたいのです。マドレーヌから教えていただきました、聴覚障がい者や発声障がい者が使う手話という会話の手法について、調べてみたいのです。筆談以外のいい方法があればと思いまして、情報収集に行きたいのです』
「なるほど、筆談では問題があるのか?」
『この町は読み書きが出来ない方が多いのです。自分で会話をするためには、他の方法も必要だと感じました』
アドルフは理解を示した。
「うーん、それでは、3日後からの隣国への訪問に同行しないか?一週間ほど滞在する予定だ。その間に、あちらの国立図書館で調べものをしたら良い。片道5日もかけて行く首都より、半日もかからず行けるブランシュール王国の方が良いだろう。どうかな?」
『はい。行きたいです。あのマドレーヌも一緒に行けますか?』
「急なお願いになるから難しいかもしれないがな、一応声をかけてみよう」
オルヴェンヌ領はディヴォア帝国の北部の辺境に位置するため、隣国のブランシュール王国の方が、首都よりも気軽に行ける。
商人の出入りも、ブランシュール王国との国境からがほとんどである。オルヴェンヌ領の産業のさらなる発展の為に、アドルフは隣国へ訪れる予定だった。
急な提案だったため、マドレーヌは都合がつかず、ソフィアが戻ってきたら会うという約束をした。
(ブランシュールには幼い頃に出かけた以来だわ。キラキラ輝く綺麗な街なのよね。楽しみだわ)
3日後に向けて、エマと共に出かける準備を始めた。ブランシュールは雪国の為、町でオルヴェンヌブランド柄のポンチョコートを手に入れた。
(今ではこんなに素敵な衣装もあるのね。町の様子ももっと知りたいわ)
ソフィアは、自分のやりたいことを見つけ、さらにこの先の楽しみが増えていった。
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