5.マドレーヌの来訪
ソフィアから遅れること3日。父アドルフがオルヴェンヌ辺境伯邸に帰還した。
「ソフィー!!体調はどうだい?ここでは休めているかい?ご苦労だったな。今まで本当に…、頑張ったな…。辛い思いをさせて悪かった!!」
帰ってきて早々、ソフィアを訪ね、アドルフはソフィアを強く抱き締めた。
(お父様…、く、くるしいです…)
声を失っていなかったとしても、この状態では声は出せなかっただろう。
「旦那様!ソフィア様が苦しそうです!少し力をお緩めになってくださいませ!!」
セバスチャンの声に、アドルフは慌ててソフィアを離した。
「おお、すまない。ソフィー、あとでゆっくりお話しよう。夕食は一緒に摂れるかな?」
ソフィーは手で◯を作った。
「おお!なるほど。YESってことだな。これはソフィーが考えたのかい?良いじゃないか!…では、またあとで」
セバス!、とアドルフは声をかけ、二人は嵐のように去っていった。
(お父様、お忙しい中、様子を見に来てくれたのね)
ソフィアは父の愛を感じ、嬉しかった。
しばらくすると、エマが1人の婦人を伴って来た。
「失礼します。お嬢様、マドレーヌ様がお見えになりましたので、ご案内いたしました」
「ソフィア様!まぁ…、なんて、お美しく成長されて…!!!はっ!私ったら、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。マドレーヌにございますわ。ご無沙汰しております」
そこには少し年を重ねたが、気品溢れるマドレーヌがいた。
(!!マドレーヌ…!)
懐かしい顔に、思わずソフィアは抱きついた。母と同じくらいの歳のマドレーヌには、ただの家庭教師以上に思い入れがあったのだと、気づいた。
驚きつつも、マドレーヌもまた、優しく抱き締めてくれた。
少しの間だったが、とても暖かい時間が流れた。
落ち着き、2人はソファーに腰かけると、話を始めた。
『筆談になりますが、申し訳ありません』
「そんな!謝ることはないのですよ。障害があることも個性にございます。お声が出せないことを悪いことだとは思わないで良いのです」
『ありがとうございます。まずはこちらに足を運んでくださり、ありがとうございます。それから、私たちの会話をそこにいるエマにもわかるよう話してくださると助かります』
そこまで読むと、マドレーヌはエマに顔を向けた。
「エマ、エマにもわかるよう話すようにと、ソフィア様がおっしゃっています。こちらにいらっしゃって」
マドレーヌは、部屋の隅で待機していたエマに手招きをした。
『今は町の方のお手伝いをしていると聞きました、どんなことをされているのですか?』
マドレーヌはエマにわかるように、書いてある内容を繰り返しながら答えた。
「今の、私の町での活動をお聞きになりたいということですね。ええ。今は町の産業がとても発展しておりまして、外部からも商人がたくさん来るのです。しかし、この町では字の読み書きが出来る人はほんの一握りしかおりませんので、書類等の作業をお手伝いしておりますわ」
『読み書きのお手伝いということですね。セバスチャンに聞いた通りでした。そこで、実は私も相談したいことがありまして、私は声が出せなくなりました。筆談の他に人に意思を伝える手法はありますか?』
「読み書きの手伝いをセバスチャン様からお聞きになってましたか。なるほど、私にご相談があったのですね。人に伝える方法として、筆談の他の可能性を知りたいということですか。筆談では充分でないということでしょうか?」
『ええ。先ほどマドレーヌも言っていたように、この町では、字の読み書きが出来ない人が多いのです。ここにいるエマもその一人です。私はエマとは可能な限り一緒にいたいのです。会話もしたい。でも、筆談をするには、読み書きを学ばなければなりません。そこには労力が必要です。私はできる限り、自分だけの負担で済むようにしたいのです』
「字の読み書きが出来ない方との会話をしたい、しかし、筆談という方法では、出来ない方に読み書きを学んでいただかないといけないが、ソフィア様はその労力を望んでおらず、ご自身のご負担で済む方法を探していると」
そこまで説明するとマドレーヌはエマに向き合った。
「エマ、ソフィア様はあなたと可能な限り一緒にいたいそうです。会話もしたいそうです。あなたの負担にならないような、会話をする方法を探したいそうですよ」
エマは感激のあまり、涙した。
『私が首都に滞在した7年間。エマはずっとそばにいてくれました。皇太子妃教育に忙殺されて、友人も作れなかった私にとっては、最も歳の近い女性はエマでした。侍女以上に姉のようで友人のような存在であると感じていたのです。声を失った私の助けをするには、識字能力が必要かもしれません。でもだからといって侍女を他のものに変えたくはないのです。私にとってエマの代わりはいないのです。エマは私のちょっとした表情の変化を読み取ってくれたりします。これは、私たちの過ごした日々の積み重ねがあるからこそだと思うのです。言葉で伝えられない分、エマという存在が私を助けてくれることもあるでしょう?』
マドレーヌはこの言葉をありのままエマに伝えた。
「…私も、お嬢様のお側にいたいです。でも、私では出来ないことがあるのだと痛感してました。お嬢様のお言葉、とても嬉しく思います。私の労力など、いくらでもお嬢様のために使わせてくださいませ」
マドレーヌは、2人がお互いを想いあい、大切にされてることを微笑ましく思った。
「とても、良い関係を築かれてますね。ソフィア様、たしか聴覚障がい者や発声障がい者の間では、手話という手法がございます。私の周りにはそのような方がいらっしゃらないので、話に聞いたことがある程度ですが。先ほどから拝見しておりますと、会話のYESかNOを手で表現されていましたね。それも1つの手話だと思うのです」
『手話、手で話すということですね』
「はい。ただし、この方法でも、お互いが手話を知らないといけないので、学びは必要ですね。でも、どういうものなのか知っておいても損はないかと思いますよ。関連する書籍などお調べしてみましょうか?」
『それでしたら、今度図書館に足を運んでみようかしら?手話以外の他の手法のヒントも見つかるかもしれません』
「図書館で調べるのですね。とても良いと思います。私も同行しましょうか」
『ええ。まずは、お父様に相談してみます』
「そうですわね。まずは旦那様にご相談いたしましょう」
アフタヌーンティーを楽しみ、マドレーヌは帰っていった。
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