30.新しい生活
シルヴァンの助言で創設した大学は、立派に機能を果たした。建国における女大公のお言葉は、ほとんどの国民が読むことが出来た。
ある日、オルヴェンヌ家専属家庭教師のマドレーヌが公邸に来訪した。
『マドレーヌ、ごきげんよう。大学での様子はいかが?』
マドレーヌは現在、大学の教師として勤めている。
「ええ、とても順調でございます。中には、将来教師に向いていると思える者もおりまして、その者の学びが終わりましたら、ソフィア様に会っていただきたく思います」
『マドレーヌ1人では大変ですものね』
「分担するのも良いと思うのです。この大学は国立というものになりますかね。財源はどのようになっておられるのですか?教師が増えることは良くはないでしょうか?」
『いえ、財源の心配はございません。この公国で取り組んでいる改革の財源は、私のディヴォア帝国皇太子との婚約破棄による慰謝料から賄ってますから。私が一生困らない分の額をいただきましたので使わせてもらってます。オルヴェンヌはしっかり資産を所有してましたから、貰いすぎてるくらいですの。国民からの税収はしっかり国家運営の予算に割り振ってますから、まわり回って、国民の学びに使われてますの。自分たちの納めた税を使って自分たちが学べているのです』
「それは、納めている意味もあるというものですね。こちらもシルヴァン殿下のご提案ですか?」
『いえ、予算に関しては、私が。慰謝料のことも伝えておりませんから、ご存知ではないのですよ』
「シルヴァン殿下といえば、そろそろこちらにお住まいになられるのですか?」
『ええ。ちょうど本日、到着される予定ですよ』
「まぁ、それでは、あの麗しいお姿を拝見してからお暇しましょうかね」
マドレーヌは心踊らせた。
「そういえば、エマはどちらにいらっしゃいますの?お姿を見かけませんでしたが?」
その言葉に、ソフィアはニコニコと嬉しそうに笑っている。
『エマは今、体調がよろしくないから、暇を出してるのです』
「?」
ソフィアの様子と、発言の違和感に、マドレーヌは理解が難しく首をかしげた。
『エマは今、懐妊されてるのですよ』
「!!!!なんと!おめでたでしたのね!!まあ、まあ、なんて素晴らしいことでしょう!…あの、ところで、エマはご結婚されてましたでしょうか?」
『建国したあとですわ。ひと区切りしたものですからこの時期にとお勧めしましたの。次に忙しくなるのは、ブランシュールのアドリアン王太子殿下が結婚されてからでしたので』
まだニコニコ嬉しそうなソフィアに、マドレーヌはさらに質問することにした。
「あの、ちなみに、お相手の方はどちらのお方ですの?」
それには、ソフィアはにやりと口角を上げて笑みを浮かべた。
『フレデリックです』
「!!!!!!!」
マドレーヌは驚きと喜びで複雑な表情をしていた。どおりで、ソフィアが嬉しそうなわけである。
「まあ、まあ、まあ、そうでらっしゃるの!?なんてことでしょう!おめでたいわ!!これは是非とも馴れ初めをお聞きしたいですわね!また3人でアフタヌーンティーを楽しみたいですわ」
『ええ、是非。エマの体調が良い時期にお茶会を開きましょう』
そこに、シルヴァンの到着を知らせに、エマの不在時にソフィアに仕えている侍女のルネが現れた。
「ソフィア様、シルヴァン殿下がご到着されました。セバスチャン様がお出迎えされております」
『今から参りますね。マドレーヌ、少しお待ちになってて』
マドレーヌは、幸せの余韻に、胸がいっぱいだった。
馬車からは、シルヴァンが降りてきたところであった。
この日もやはり麗しかった。
『やあ、ソフィア、ごきげんはいかがかな?君は、今日も美しいね』
『シルヴァン様。お待ちしておりましたわ。あなたも、今日もとてもお美しいですわ』
もはや、美しいという言葉が、挨拶になってしまっている。
2人は見つめ合い、微笑み合った。
『今日もとても仲がよろしくて何よりでございます。シルヴァン殿下、長旅お疲れ様です。お荷物はシルヴァン殿下のお部屋にお運び致しますので、ソフィア様と客間の方にどうぞ。今、マドレーヌ様がお見えになっておりまして、ソフィア様と大学のお話をされていたところにございます』
『そうでしたか。では私もご一緒させて下さい。マドレーヌ様には大学のことをいろいろお伺いしたい』
『ええ。マドレーヌ様もシルヴァン様にお目にかかれることを楽しみにされてますよ』
ご婦人はほぼ、シルヴァンに会うことは楽しみにしていると、セバスチャンは考えていた。
『参りましょう、シルヴァン様』
セバスチャンの考えてることは当たっているのよと思いながら、ソフィアはシルヴァンを誘導した。
客間では、さっそく挨拶が交わされ、大学の話で盛り上がった。やっと、2人が一緒に住まうことが始まることを知ったマドレーヌは、話が一段落すると、帰路へとついた。
『随分と待たせてしまったね。すまない、ソフィア』
『いえ、アドリアン殿下の結婚まで王室に残っていたのですよね?兄弟の時間は有意義に過ごせましたか?』
いざ、オルヴェンヌへの婿入り準備が整うと、弟アドリアンが寂しそうであった為、シルヴァンはしばらくブランシュールに残ることにした。
『ああ、とても有意義だったよ。王子としての生活を満喫させてもらったし、父上や母上との時間も過ごさせてもらったよ。ソフィアありがとう』
ブランシュールでの第一王子お披露目以降、第一王子を隠す必要がなくなったため、住まいを本殿に移し、自由に王子生活を満喫したようだった。
『良いのですよ。こちらに来てしまったら、もう王家には戻れませんから』
『すまないね…。ちょっと私も憂いてしまって…。これが嫁ぐということか…』
『それが嫁ぐというものですわね。まさか、王子である殿方がこの気持ちを経験されるとは』
2人は、見つめ合うと、ぷっと吹き出し大笑いした。
『ああ、全くだよ、ソフィア。まさかだな』
まだまだ笑っているシルヴァンに、ソフィアは、憂いが晴れたかな?と少し安心した。
『一年と少し、本殿で生活を送ったが、姉上がすごく悔しがっていて、しょっちゅう王宮に出入りしていたよ。おかげで、姉上は公爵との不仲が噂されてしまった』
『クリスチアーヌ様は、シルヴァン様との生活を送りたかったのですわね。姉弟の時間も過ごせましたか?』
『ああ、王宮への出入りは、私に会いに来ていたからだからね。姉上は笑ったり泣いたり忙しそうだったが』
とても優しいクリスチアーヌのことだ、一緒に過ごしている時間の中に、今までのシルヴァンの待遇を思い出し、悲しまれていたのだろう。
『ラファエル様は、いかがお過ごしですか?』
侯爵家次男のラファエルは、シルヴァンに仕え続けるために国を越えることは難しく、侍従としての役目を終えた。
『やはり、こちらへは来れなかった。貴族社会だ、仕方ないね。ラファエルは私の剣術の相手をしていたから、腕はたつんだ。だから、今は王家の近衛に所属しているよ。侯爵は今、ラファエルの婚約者候補を探すのに大忙しだよ』
あの、麗しきシルヴァン第一王子の専属侍従だったことでラファエルに箔がつき、ラファエルの株が急騰している。
『シルヴァン様は少しお寂しくなりますね』
『でも、主従関係から、ただの親友になれたんだ。これからも関係は続くんだよ』
ものすごく嬉しそうなシルヴァンに、ソフィアは目を細めた。
『それで、シルヴァン様の専属侍従はフレデリックの弟であるパトリックを考えておりますの。オルヴェンヌでは高位貴族は数えるほどしかおりませんし、年齢も近い方が宜しいかと思いますから。もちろん護衛も兼ねますので、剣術も達者です』
『ありがとう。フレデリックの弟君であれば、信頼も厚いだろうね』
素敵な案だよ、とシルヴァンは受け入れた。
『今日は、お疲れではないようでしたら、晩餐としたいのですがいかがでしょうか?』
『もちろんだよ』
『父もシルヴァン様を今か今かとお待ちしておりましたよ。たくさんお話ししましょう』
こうして、シルヴァンを部屋へと案内し、晩餐の準備を始めた。
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