3.処遇【アルフレッド視点】
「さて。お前の処遇を決定する前に、刃物を持った男について説明する」
アルフレッドは、皇帝の前に顔を上げられずにいたが、先の発言を受けて、はい、と皇帝に顔を向けた。
「あの男は、シモン·ロレーヌ子爵令息で、カトリーヌ·ボルドー男爵令嬢の元婚約者だ。経緯はあるにしろ、あの時点で皇太子であったお前に襲いかかるというのは、反逆罪と判断した。よって、シモン·ロレーヌは処刑とする」
その言葉にアルフレッドの顔は凍りついた。
(実際は、俺は生きているし傷付いてもいない。傷付いたのはソフィアだけだ。そして、理由が婚約者を奪われたと思っての凶行に対しての処罰としては重く厳しい…?…あの男の処罰でこれだ。俺はどうなる?)
「そして、ロレーヌ子爵家においては、令息の勝手な行動と判断したので、処罰はなしとした。まぁ、罪人を生んだ子爵家というレッテルは貼られるから生きにくくなるとは思うがな」
アルフレッドはほっと息を吐いた。
(こちらは、刑が軽くすんでるか?)
そんなアルフレッドに対し、皇帝はふんっと鼻を鳴らした。
「次に、カトリーヌ·ボルドー男爵令嬢について、説明する。お前が婚約者として迎えたいという程、お前が彼女について知って理解しているか、甚だ疑問だが」
(…そうだ。カトリーヌ。婚約してたなんて知らなかったんだ!知ってたら深い仲などにはならなかった!)
「カトリーヌがシモンとの婚約白紙となったのは、お前と深い付き合いをする前のようだ。こちらはお前の影の報告と、両家から照会したから間違いはない。カトリーヌが子爵令息と婚約を解消するに至った理由が、シモンよりも遥かに身分の高いお前と関係が築けそうだと判断したからなのか、純粋にお前を愛したからなのかはわからんがな。婚約も破棄や解消ではなく白紙とした所も両家のわだかまりの無さがうかがえる。両家納得してのものであったろうと判断した」
(では、カトリーヌには問題はなかったのか…。俺は間違ってない?)
アルフレッドは考え込んでいる。
公の場でカトリーヌへの愛を語っていたはずのアルフレッドの態度に、皇帝はまた、ふんっと鼻を鳴らした。
「カトリーヌ·ボルドーの処遇については、お前の処遇が決まった後に、決定する。つまり、お前の返答次第で、彼女の運命も変わるということだ」
その言葉に、アルフレッドは青ざめた。
(俺の返答次第!?彼女の運命も背負うということか…?…そんな…)
目が泳いでいるアルフレッドには、皇太子としていつも自分が正しいと言わんばかりに自信たっぷりに振る舞っていた頃の姿が全く見られない。
そんなアルフレッドの姿に、立ち会っている皇后も冷めた目で見つめていた。
「さて。お前の処遇について話そう。今、お前は皇太子ではなく、皇子という立場である。それについてはわかっているな?」
「…はい」
「しかし、私は、今までの言動から、お前が皇族として相応しくないと判断しておる。よって、このまま、皇子としての地位を与えておくつもりは更々ない」
アルフレッドは言葉を失った。
そんな姿を横目で確認し、皇帝は話を続けた。
「一般の貴族ですら、貴族としての立場や責任に重きをおき、私よりも公を優先して行動しているというのに、お前は常に私が優先だ。婚約者に関しても、自分で好きなように決めようとし、都合が悪くなると破棄する。特に結婚は家と家の繋がりでもある。愛だ何だ言っていたが、今、お前の頭にあるのはお前自身のことではないか?カトリーヌのことが浮かんでおるか?」
「…」
アルフレッドは何も言い返せなかった。
「お前は皇族に生まれた。誰しもどこに生まれるかは選ぶことはできない。しかし、その生まれで生涯の運命が決まることもある。お前はその与えられた運命によって富も名声もあり、すべてのことが優位に運ぶ。それは、この国に尽くしてくれている国民のおかげであることを理解し、民のためにその権力を使わずしてどうする?もし、権力を悪用するようなものを妃に迎え、散財し、国が滅びましたとなったら、お前は責任がとれるのか?お前は運が良かっただけで、お前自身の力で権力があるわけではない!」
確かに、今の帝国の繁栄は、父や、先代、先々代と、先祖が代々築き上げてきたものである。自分は皇太子なのだ、いつかあとを継ぎ、この国を治める偉大なる人物なのだと傲っていた。
「……!…これまでの行い、申し訳ございませんでした。これからは気を改め、帝国の為に尽くします!ですから、どうか、どうか…、婚約者も皇帝陛下の選ばれた方を受け入れますから!」
発言をしたかと思えば、改心するからと許しを乞う姿に、皇帝も皇后も呆れた。
「お前は愛のある結婚がしたくて、愛のあるカトリーヌと結婚したいと公の場で発言したのだろう?お前に他の令嬢をあてがうわけがあるまい」
アルフレッドはまだまだ足掻く。
「…あ!ですが、ソフィアは?ソフィアからはまだ婚約破棄に対する返事を受けてません!私を身を挺してまで守ってくれるほどに私を思ってくれているのではありませんか!?」
これには、皇后はわなわなと震え、持っていた扇をへし折った。
「本当に救い様のない馬鹿者だ。公の場で婚約破棄を告げ、他のものに愛があると訴えたお前に対して、ソフィアがお前を受け入れるとでも?不審者からお前を守ったからといって、お前に愛があるからというわけなかろう。ソフィアの行いは、国民として、この国の皇太子という立場のものをただ守ったというだけのこと!愛というものは、互いに育むもの!相手から与えられるものだけではないのだ!お前はソフィアに愛を与えたか?歩み寄る努力をしたか?」
(俺は、何もしなかった。皇太子というだけで、人は集まってきたし、女性も好意を抱いてくれていた。ソフィアも同じだと思っていた)
「それに、まずはソフィアの体調の心配をするところではないのか?ソフィアはナイフを喉元に受けたから、声を失った」
(!!?…なんてことだ。彼女のあの美しい声が…)
アルフレッドは、あまりの事実に、衝撃と、自分の考えの甘さに、膝から崩れ落ちた。
「そんなソフィアに、婚約の継続をこちらからお願いするわけがなかろう。ソフィア本人に意志を確認したら、即答で破棄を受け入れるとのことだった」
アルフレッドは自分の甘さ、情けなさに涙をこぼした。
「お前に残された選択は、
当初のお前の願い通り、ソフィアと婚約破棄し、カトリーヌと婚約すること。
そしてもう1つは、ソフィアと婚約破棄し、一連の責任を取り、皇子の立場を放棄することだ」
「え!?」
この二択に、アルフレッドは1つの希望を見出だした。
「カトリーヌとの婚約を認めてくださるのですか?カトリーヌを迎えてくださると?」
やはりな、と、どこまでも良いように考えるアルフレッドの思考に、皇帝は虚しさを覚えた。
「誰が迎え入れると?言ったであろう。結婚は家と家のものであると。さらには皇族に相応しい身分や人物である必要があると。教養は努力次第であるが、カトリーヌのあの状態ではどれだけの努力が必要か。身分は問題外だ。爵位があるとはいえ、裕福な平民よりも質素であると聞いておる。カトリーヌとの結婚は、お前が婿入りし、男爵家に入るということだ。一連の責任をとって持参金も持たせない。この結婚によって浮いた持参金は全てソフィアへの慰謝料の一部に当てる。ただし、こちらを選んだ場合には、帝国の皇子は、地位を捨て愛を選んだという美談を拡げてやろう。まあ、カトリーヌが納得するのかどうかは、カトリーヌが純粋な愛を持っていたか、逆に野心があったのかにかかっているがな」
(…カトリーヌの愛…、いったいどちらだろうか…。1つ違和感があるとすれば、身の危険があったときに、俺を盾にし、己の身を守っていたこと。ソフィアは私を守り、皇后陛下は皇帝陛下を守っていた。それを見たあの瞬間、俺のカトリーヌへの愛に疑問が生まれた気がする)
悩むアルフレッドの様子に、どこまでも自分優先なのかと皇帝と皇后は呆れた。
「…、あの、ちなみに、もう1つの皇子の立場を放棄した場合には、どうなるのですか?」
ふんっと鼻を鳴らし、皇帝は答えた。
「皇子の立場を放棄し、皇族から離れてもらう。しかし、元皇族の品位は必要であるから、子爵の爵位と領地を与える。ただしこの爵位はお前一代限りとする。その後の事は自分で考えよ。どちらを選ぶにせよ、こちらは関与することはない。金銭的支援など以ての外だ」
皇室でぬくぬくと過ごしていたアルフレッドには、一から生き抜くことが可能なのか、まだまだ皇帝は現役だったから、公務も手伝わず、帝王学や経営学等も適当に学んでいた。
(こんなことなら、もっと真面目に学べば良かった。何があっても、自分で生き抜けるように。…、こんなはずじゃなかった…、こんなはずじゃ…)
アルフレッドは頭を抱え込んだ。
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