27.新しい産業
シルヴァンは、ソフィアとは異なる視点で、領地の運営に助言をくれる。
ソフィアは、次にシルヴァンが訪問した際には、領地内を案内することにした。
『やあ、ソフィー。今日の君も美しいね。とても愛しいよ』
シルヴァンはいつも恥ずかしげもなく、愛を囁いてくれる。
『ごきげんよう、シルヴァン様。今日のあなたも素敵ですよ。私も愛してますわ』
(不思議ね。手話ですと、素直に愛を紡げますわ)
誰かに聞かれるということがないのも理由の一つなのであろう。といっても、シルヴァンがとても素直で純粋な人であるというのが一番であろうが。
『今日も仲がよろしいようで、何よりでございます』
セバスチャンは冷やかした。
『セバスチャン、あなたの手話も随分と上達しましたね』
シルヴァンは執事であるセバスチャンと困らない程度に会話が出来ることに驚いていた。
『私は、他の使用人よりも、ソフィア様と会話する機会が多くございますから。こんな老いぼれでも、やれば出来るのでございますね』
『まだまだセバスチャンは若いですよ』
ソフィアは、シルヴァンが使用人たちと馴染めていることに、嬉しく思った。
『今日は、領地をご案内しようと思っているの。いかがでしょう?』
『案内してもらえるかな?すごく興味があったんだ』
領地の地理も大まかに説明し、街へとやってきた。商店を見て歩きながら、銀細工の工房や、服飾工房、実際に作っている様子も見学した。
『服飾品の刺繍がとにかく素晴らしいね。独自性があって、稀少感が増す。君が着ていたポンチョコートも素晴らしかった』
『あのコートは、私も一目惚れしましたの』
そして、シルヴァンが最も興味を示したものは、銀細工だった。
『こちらも仕事が細かいね。細部まで良くできている。オルヴェンヌの領民はみんな手先が器用だな』
『ええ。よろしければ私から1つ、あなたに差し上げたいわ。銀細工は男性にも似合いますから』
ソフィアは、銀の首飾りと指輪を手に取ったが、指輪は手話をするのに邪魔になるかもと考え、首飾りを選んだ。
『いかがかしら?』
ソフィアはシルヴァンの首に着けてみた。
(こ、これは…!
色気がすごすぎる!!)
真っ赤になったソフィアにシルヴァンは動揺した。
『どうしたんだい?ソフィア?変だったかな?私は気に入ったんだが、外そうか?』
『いえ!とてもお似合いです!似合いすぎていまして、その、麗しいお姿に磨きがかかりすぎてます!!』
真っ赤な顔をしているソフィアを可愛いなと思いつつ、ソフィアしか視界に入っていないシルヴァンは、はっと顔を上げると、周りには2人の姿を見ようと人だかりが出来ていた。
(うーん、自分一人の時より、ソフィアといるとより視線を集めるんだよな)
シルヴァンは目の前にいる、こちらも劣らず美しい令嬢に苦笑いした。
屋敷に戻ると、さっそく、シルヴァンは興味深い話を始めた。
『さて、ソフィア。君は懐中時計は知っているかい?』
『ええ。とても精巧に作られた逸品だと伺ってます』
『懐中時計は、まだまだ一般的に民衆が用いるには高級品だ。この懐中時計を産業に取り入れられないだろうか?』
『懐中時計をですか?』
『ここの領民は手先が器用だ。細かい作業も可能であると考える。技術さえ習得すれば、産業にできないかな?領地には鉄鋼山も銀山もある。資源はあるんだ。そして、気候。ここはブランシュールと違い、雪が少ない。同じく寒いのだが、乾燥しているんだ。精密機械を作るには適していると思うよ。そして、時計を作るだけではなく、銀細工の工芸品と合わせるんだ。懐中時計の蓋を銀細工とすれば、時計としてだけでなく、装飾品としての価値も高まると思うのだ』
『なんてことでしょう。今日、街を見学しただけですのに、そこまでお考えを?』
『ああ、元々オルヴェンヌの産業については聞いていたからね。領民の人口を考えると、技術者の人員は限られているから、量産は出来ないだろうが、それはそれで、服飾品と同じように、稀少価値や付加価値が生まれると思うよ。オルヴェンヌの懐中時計という』
『お父様にも相談してみます。まさか、新たな産業を見出だすとは、驚いております』
『いや、このオルヴェンヌ領は、宝庫だよ。なぜディヴォア帝国は放置していたのか、理解ができない』
『上に立つもので、こうも変わるものなのですね』
『いや、これから上に立つのは君だよ、ソフィー。私は支えるだけだよ』
『これ以上ない柱でございます、シルヴァン様』
アドルフも提案に感嘆した。もちろん異論なく、アドルフの馴染みの商人から、懐中時計を作る技術者がいる国に繋がりを持つことが出来、のちに、この新しい産業も成功となるのであった。
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