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19.届かぬ手紙

ソフィアがシルヴァンに手紙を出してから1週間が経つ。配達員の協力もあり、2~3日に1回は届いていた手紙がぱたりと来なくなった。


(私、何か失礼なことをしてしまったのでしょうか?それともシルヴァン様に何かあったのでしょうか?送り先も図書館で良いはずよね?)


宛先を確認した次の手紙には、いつかきちんと説明できる日がくるから、それまでは図書館に送ってください。となっていた。


すっかり気落ちし、儚げに窓の外を眺めるソフィアを見て、エマは胸が苦しかった。


「お嬢様、朝食はいかがなさいますか?」


ソフィアは、手で✕を作った。

食欲も失くなってしまったようだ。


(ソフィア様、このままではお体を壊してしまう)


どうしたものかとエマが困っていると、アドルフが帰ってきたと知らせが入った。

まもなく、アドルフがソフィアの部屋にやってきた。


「ソフィー、元気にして…た、かな…?」


いつもの声音で話し始めたが、一目みてソフィアの様子がおかしいと判断したアドルフは、話が続かなかった。


「エマ、いったい、何があった?」


「…、あの…、今、お嬢様は、文通をされているのですが、お返事がなかなか届かなくて」


「文通?そういえば、ブランシュールで手紙を出していたか」


「ええ、その方です」


部屋の外では、フレデリックも驚きの表情を見せていた。


少しの時間、アドルフは考えると、ソフィアに晩餐への招待をして、退室していった。


「お嬢様、もしかしたら、今日とか、明日には届くかもしれませんよ?アドルフ様のように、遠くにお出かけされていたのかもしれませんし」


エマの言葉を聞いて、ソフィアは少しだけ希望を見出だした。



この日も手紙は届かなかった。


夕刻になり、ソフィアは食堂へと向かった。食堂では、アドルフが待っていた。


「ソフィー、晩餐に来てくれて、嬉しいよ。私が相手じゃ、物足りないかもしれないが、食事を楽しもうではないか」


ソフィアは軽く微笑んだ。


「ソフィー、先程、エマとは手話で会話をしていたね。手話の勉強は順調かい?」


『はい。昼過ぎにマドレーヌが来てくださり、アフタヌーンティーをしながら、手話を覚えております。よく使う会話は出来るようになってきました』


「それは良かった。使用人とも意志疎通がとれていると聞くが?」


『こちらも、よく使う言葉だけですが、絵札を作りました。見せれば理解してもらえるのです』


そう言うと、ワインの絵札をエマに見せた。


「かしこまりました」


エマは、赤ワインをソフィアのグラスに注いだ。


「ほー。よく描けてるな。そして単純ながらわかりやすい。よく考えたねソフィー」


ソフィアは少し照れたように笑った。


ソフィアの成果について話をし終えたところで、アドルフは今回の報告と、今後の予定について話し始めた。


「ソフィア、私は皇帝陛下の誕生祝賀会に出席したが、そこでようやく、先月の建国記念日で起こった事件の処遇が言い渡されたよ」


『どうなったのですか?』


ソフィアの顔は、元皇太子元婚約者の、完璧な令嬢へと変わった。


「ソフィアを刺した子爵令息は反逆罪により処刑、アルフレッド皇子はソフィアと婚約破棄し皇子の立場を放棄し、一代限りの子爵爵位と領地を与えられた。カトリーヌ嬢は不敬罪で生涯修道院で奉仕活動をすることになった」


『そうですか。子爵爵位とは甘いのでは?領地も?』


「そこは皇帝の策略だな。皇帝は2つの選択をさせた。男爵令嬢カトリーヌと結婚し男爵家に入るか、皇子を放棄し子爵爵位と領地を与えるか。領地を与えるとなると子爵相当だったか、あるいは、令嬢の家柄である男爵よりも上の爵位を提示して、出方をみたのだろう。案の定、愛より地位を選んだ。この1ヶ月ものうのうと過ごしたのだろう。そこも指摘されていたから、アルフレッド様に残されたものはおそらく、子爵爵位と領地のみだ。人は全くついてきてないだろう。どれだけご自分の資産を持ち出せたかだな」


『なるほど、甘やかしているようで、厳しい現実となったようですね。自己責任にさせた所も皇帝らしい』


うんうんと、2人で頷いた。


『それにしても、お早い帰還だったように思います。他にも何かありましたか?』


「そうなのだ。皇帝がソフィアの障害も報告した。なぜアルフレッド様の処遇がそのようなものになったのか示すためだと思うのだが。そこで、隠しておけば良いものを、婚約破棄にあたる両家の取り決めも公表したのだ。ソフィア·オルヴェンヌ辺境伯令嬢にアルフレッド様も帝国も一切関与しないと。それが何を意味するのか判断した関係国の要人はすぐに帰路へと向かったぞ。アルフレッド様も最後まで醜態を曝してな。ディヴォア帝国の綻びを披露した形になった。やはり情勢が動き始めたぞ」


『では、今後、オルヴェンヌ辺境伯も忙しくなるのでは?』


「そうだ。すでにブランシュール国王への訪問が決まっている。日取りは国王が国に戻ったらすぐ知らせるとのことだったから、届き次第出発となるだろう」


『ブランシュールに行かれるのですか?』


「うむ。ソフィア、この一連の動きは、ソフィアの去就により大きく変わる。真剣に辺境伯を継ぐことを考えてくれないだろうか?おそらく話し合いにはソフィアも同席するよう招待されると思うのだ」


『以前おっしゃっていたように、私が辺境伯となることで、帝国側は一切関われず、領地を放棄したも同然になるということですね?隣国ブランシュールとしては、私との関係も重要ということでしょうか?』


「ああ。そこまで事が進むかはわからないが。ブランシュールに吸収や合併されることは考えてない。これだけ大きな領地が他国に移るとなると争いが起きかねないから、その提案は避けたい。私は実は、お前を君主とし公国に独立する将来を見据えている。皇太子妃教育まで終えたソフィアならば向いているだろう」


『ですが、私には発声障害が』


「発声に障害があろうと、皆のものと会話をしたいと努力できるソフィアのことは、みな愛してくれると思うぞ。ソフィアが上に立つ国の国民は幸せになれると私は考える」


『そこまでお考えなんですね。お父様の意志は固そうです』


ソフィアは仕方ないとやや諦めたような表情を見せた。


『でも、最後には、私に決めさせてください。命令は嫌ですわ』


「もちろんだよ。ソフィー。君の幸せが1番だからな」


最後には父の顔に戻ったアドルフに、ソフィアは胸を撫で下ろした。



ソフィアは部屋へ戻ると、何か覚悟を決めたようだった。


(私はオルヴェンヌ辺境伯の一人娘だ。他に嫁ぐことはもう考えていない。こうなった以上、障害があっても私を娶りたいと考えるのは、魂胆があってのものと考えていいだろう。私は誰かと添い遂げることなく、この領地を守ろう。それがオルヴェンヌ辺境伯令嬢に生まれた私の宿命だわ)


そして一通の手紙を書いた。


『親愛なるシルヴァン様


これが最後のお手紙になることをお許しください。

私の宿命がため、あなたとの文通を終わりにします。一方的でごめんなさい。

あなたからは、恋をすること、愛を育むことを教えていただきました。

とても感謝しています。

短い間でしたが、ありがとうございました。

あなたの幸せを願っています。


ソフィア』


最後の一文は、涙が滲んできれいに書くことが難しかった。


(この手紙は、ブランシュール国王との話し合いが終わったら送ろう。シルヴァン様…、あなたへのこの温かな想いを胸に、これからを生きたいと思います)


この夜、ソフィアは一晩中、枕を濡らし続けた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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