17.文通(シルヴァン視点)
令嬢からの手紙は、渡した翌日には届いた。シルヴァンがこの日も日課である図書館から部屋に戻ろうとすると、司書からシルヴァン宛の手紙が先程郵便で届いたと説明を受けた。あまりの速さに驚いたが、お礼を述べると、ラファエルとともに部屋へと戻った。
『もう、届いたよ、ラファエル!』
喜びを隠しきれないシルヴァンに、ラファエルは微笑んだ。
『さっそくお読みになったらいかがですか?』
『今回は君に助けてもらったし、君のおかげだ。一緒に見てもらえないか?』
『よろしいのですか?では、ご一緒させていただきます』
2人は横に並ぶと、手紙を開いた。
『親愛なるシルヴァン様
お手紙をありがとうございます。
私は、ソフィアと申します。ソフィーと呼んでくださいませ。
あなたとこのような形でお話が出来ることを、とても嬉しく思っております。
今回は、図書館で調べものをするために、隣国より訪問しておりました。少しでも早くあなたに手紙が届くことを願って、出国する前にお手紙を出します。
このお手紙を読んでいただける頃には、私は隣国に戻っていることでしょう。
ブランシュールは素敵な国で、素敵な街でした。あなたに出会うことが出来たのですから。
一つお聞きしてもよろしいですか?宛先は国立図書館でよろしかったでしょうか?無事シルヴァン様にお手紙が届くことを祈っております。
ソフィア』
とても美しい字で、丁寧に書かれていた。
『滞在先は近くだったのですかね。お返事をすぐに出してくださっていたのですね』
ラファエルはなるほどと納得していた。
シルヴァンはソフィアの名前を愛でるようになぞった。
『私には彼女の名前を呼んであげることができない…』
『そんなことはないですよ!発声の練習すればお呼びしてさしあげることは、できます!』
『…、そうか…』
『それよりも、図書館宛にするとは。お手紙をお書きになっている時に、横から見ておりましたから、昨日のうちに館長様にはお伝えしておいて良かったです』
『仕事が速いな、ラファエル』
『今後はいかがなさるのですか?』
『彼女には誠実でありたいんだ。きちんと事実を伝えたい。ただ、今ではないんだ。今はできないし、してはいけないから。ラファエルが言っていたように、あと少しの辛抱だ。障害を持っていることも、時期をみて伝えるつもりだよ』
『シルヴァン様、そんなあなただから、私はお仕えできます』
ありがとうと、シルヴァンは感謝を伝えた。
『さて、お返事はお書きになりますか?きっとあなたのことだから、すぐにお出しになりたいのでしょう?』
『もちろん。今から書くから、出してきてくれるかい?』
ラファエルはもちろん、了解した。
ソフィアとの文通は順調であった。まずはあたりさわりない内容が多かったが。天気のことや花のこと、美味しい料理やお茶、今日は何をした、明日は何をするといったことだ。最後には彼女への愛を囁いた。
ソフィアからの返事も速かった。彼女もきっとすぐに返事を出してくれているのだろう。
そんなある日、部屋にある人物が訪ねてきた。
『失礼します、兄上。ご無沙汰してます』
弟の、第二王子アドリアンだった。
『やあ、アドリアン。今日は月一回の晩餐の日だったっけ?』
国王夫妻の方針でシルヴァンを離宮に隔離しているが、家族仲は良好で、月一回は王家が離宮のシルヴァンの元で食事をともにしている。降嫁した姉も、この日だけは訪ねてきてくれる。何も事情を知らない者たちは、病弱な第一王子との思い出づくりのためだと思われている。
『違いますよ。今日は、ただ、兄上とお話がしたかったんです。もうすぐ私は立太子します。今までは、第二王子という立場で、兄上には肩書きでも守られていたと実感して、少し弱音を吐きたくなってしまったんです』
机上の学問が苦手だったアドリアンは、教育が滞ると、いつもシルヴァンの離宮に足を運び、兄に教えを乞いにきていた。いよいよ皇太子となると、立場上シルヴァンより上になる。今までは次男だからという目があったが、そうもいかなくなる。アドリアンなりに、悩んでいたようだ。
『そうか。私はいつでもお前の味方だ。今日みたいに、心が押し潰されそうになったら、私を頼ると良い。私にできることは手伝おう』
『兄上に障害がなければ、間違いなくあなたが次期国王に相応しいのに。頭も剣術も人格も本当に尊敬致します』
『たらればは、言ったらきりがないよ。私のことを良く言ってくれてありがとう、アドリアン』
いつも優しいシルヴァンが、さらに穏やかで温かみを増していることに、アドリアンは気がついた。
『あの、兄上、最近何か良いことがありましたか?』
その言葉に、シルヴァンは顔を真っ赤にした。
『その感じでは、誰か好い人でも出来ましたか?』
『お前にも隠せないか』
シルヴァンは観念した。
『実は、先日図書館で会ったご令嬢と文通をしている』
「えっ!!」『あの女嫌いの兄上がですか!?』
アドリアンまでラファエルと同じ反応なのかと、つい笑ってしまった。
『いったい、どこのご令嬢なのですか?』
『彼女には家柄などは聞いてないんだ。私も聞かれては困るから、お互いにまだその話はしていない』
すると、シルヴァンは一番最近届いた手紙を見せた。
『とても美しい字を書く方ですね。文章からは気品を感じますね。ソフィア様とおっしゃるのですか?ディヴォア帝国のオルヴェンヌ領?』
うーん、とアドリアンは考え始めた。
シルヴァンはアドリアンの様子を伺った。
『あの、兄上。もしかしたら、この女性は、ソフィア·オルヴェンヌ辺境伯令嬢ではないでしょうか?』
『オルヴェンヌ辺境伯令嬢?』
シルヴァンは外交に関してはほとんど学んでいないが、もうじき皇太子となるアドリアンは外交に関する交友関係を学んでいた。
『はい、あの、たしか、申し上げにくいのですが、ソフィア·オルヴェンヌ辺境伯令嬢は、アルフレッド·ディヴォア皇太子殿下の婚約者で皇太子妃候補であったかと』
シルヴァンの衝撃は大きかった。
横で見ていたラファエルの衝撃も大変大きかった。
『そんな、婚約者のいる女性を愛してしまったというのか。それも隣国の皇太子殿下の…。本当に?あの彼女に婚約者が?』
『兄上…。ただ、オルヴェンヌ領には貴族が少ないと聞きます。お手紙からも、これほどの淑女で身分の高い、オルヴェンヌ領の令嬢は、ソフィア·オルヴェンヌ辺境伯令嬢で間違いはないと思うのです』
シルヴァンとラファエルの動揺は隠しきれなかった。
「うーん?…、あれ?」
アドリアンが何かに気がついた。
『兄上、この最後に届いたお手紙は、いつでしたか?』
『これは、今日もらったんだ。今から返事を書こうと思っていたところで』
「!!!」
アドリアンは何かに気がついた。
『兄上!その方が皇太子殿下の婚約者だとすると、今オルヴェンヌにいることはおかしいかもしれません』
『どういうことだ?』
『今、国王陛下と王妃陛下は、ディヴォア帝国皇帝陛下の誕生祝賀会に招待され、出席しております。皇太子殿下も成人を迎えるので、そろそろ正式な次期皇太子妃となる婚約者の披露があってもおかしくないのです。立場上、この祝賀会に出席なさってないのはおかしいかと思います。まだ悲観されるのは早いかもしれません。私の勘違いかもしれませんし』
『…なるほど。今日聞いたことは参考にしておくよ。ありがとうアドリアン』
アドリアンは、気落ちするシルヴァンを気にしつつ、また来ますと退室していった。
(シルヴァン様…)
あんなに幸せそうだったシルヴァンの気落ちした姿に、ラファエルは胸が痛んだ。
『今日は、お返事、どうされますか?』
『ダメだ、今日は、とてもじゃないが書けそうにない』
文通を始めて、初めて、シルヴァンは届いた日に返信をしなかった。
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