16.シルヴァンからの手紙
宿泊先に戻ってもソフィアはもらった手紙を抱き締めていた。
「お嬢様、あまり握りしめていると、文字が滲んでしまうかもしれませんよ?」
まだ目を通していない手紙が読めなくなったら大変だと、ソフィアは慌てて机に置いた。
居間で夕食を済ますと、フレデリックはまたアドルフに許可をもらっていた。
「今日も私は早めに休むよ。ソフィー、エマとの会話を楽しんでおくれ」
アドルフはニコニコと、寝室へと向かった。
心なしか、フレデリックもソワソワしている。エマから少し報告を受けているのだろう。
『2人とも腰かけてちょうだい。お話をしましょう』
2人はすかさず腰かけた。
『お手紙を頂いたの。侍従の方から受け取ったけど、あのお方からみたい。私は読めるけど、出来ればエマと一緒に読んで共有したかったの。フレデリックお願いします』
フレデリックは、ソフィアから手紙を受け取った。
「では、こちらのお手紙を開けますよ。エマには私が読み上げますね」
ソフィアは前かがみに手紙を覗き込んだ。
『親愛なるあなたへ
あなたのことをもっと知りたい。
よろしければ文通をしませんか?
シルヴァン』
急いで書いてくれたのであろう。簡潔に書かれた手紙だったが、その字はとても美しかった。
手紙の最後には、名前と送り先が書かれていた。
「こちらの送り先は…、国立図書館ですねぇ?」
フレデリックは不思議そうに呟いた。
「何か事情があるのかもしれませんね。お名前も、ファーストネームだけですし。まぁ、ソフィア様が国にお戻りになるのを知って、急いで書いたが為ということも考えられなくもないですが」
フレデリックはさらに、客観的に分析する。
エマはというと、内容に感激し、涙していた。
「ソフィア様!ご縁が繋がりましたね!良かったです。それに、文通でしたら、ご自身のお言葉で伝えることができますから」
ソフィアは嬉しかった。あの青年と繋がりが出来たことが何よりで、彼の名前も知ることができた。
(シルヴァン様…)
ソフィアは手紙を見つめ、しばらく余韻に浸っていた。
「ソフィア様、ソフィア様もお名前でお手紙を出されてはいかがでしょうか?シルヴァン様から身分をお話頂けるまで、家に縛られること無く、ソフィアという女性とシルヴァンという男性とで、文通されてはいかがでしょう?」
フレデリックは、提案した。
そう、ただ見つめ合って微笑み合うだけの2人だったように、家柄など気にせずお話してみたらいい。
『良いのかしら?お作法として間違っていたりしない?』
「しばらくは、礼儀も作法も、縛られなくとも良いのではないですか?」
フレデリックもエマも優しく微笑んでいる。
「ソフィア様、さっそくお返事書いてみてはいかがですか?最初のお手紙として不安であれば、今ならばフレデリック様に確認してもらうこともできますし。それに、明日この国で郵便を出すことが出来れば、お返事をお待ちでしょうシルヴァン様に早く届きます」
『フレデリック、よろしいかしら?』
ソフィアとエマはフレデリックに確認すると、もちろんでございますと了承してくれた。
ソフィアはペンをとり、一文一文丁寧に認めた。
彼のことを想い手紙を認める時間は、とても温かな気持ちになった。
書き上げた手紙は、翌日、郵便をお願いした。
アドルフは3人が何を企んでいるのかと疑問に思ったが、3人とも穏やかな顔をしていたため、声はかけず見守った。
オルヴェンヌ辺境伯邸に戻ると、セバスチャンをはじめとする使用人に迎えられた。
ソフィアは安心したのか、どっと疲れが出てしまい、翌朝まで休んでしまった。
この日は、マドレーヌが辺境伯邸に訪れた。今回の図書館訪問の成果を聞くためだ。しかし、真っ先に話題になったのは、手話のことではなく、青年のことになってしまった。
「まぁ…!!そんな素敵な出会いがあったのですね!!…ソフィア様、頑張り屋さんのあなたには幸せになってもらいたいのです。このご縁は大切になさってくださいませ」
ソフィアは満面の笑みを浮かべた。
「あの、マドレーヌ様は、このお手紙はどう思いますか?フレデリック様は、急いでいたし何かご事情があるのではとの見解でした」
エマの発言を聞いて、ソフィアはマドレーヌにもらった手紙を見せた。
「そうですね…。…お美しい字ですね。誠実そうなお人柄が出てるように思いますが。となると、やはり何かご事情があるのではないでしょうか?ご身分を明かせない理由が…。とはいえ、疑いを持つことはあまりよろしくないとは思います。ソフィア様は、素直にシルヴァン様との交流をお楽しみくださればいいと思いますよ」
ソフィアは、手紙を見つめた。
「疑問に思うことは聞けばよろしいですし、ソフィア様も明かしたくないことは、隠しはしても嘘はつかず、誠実に対応なさることは、助言させていただきますわ。お手紙ではお顔が見れませんからね」
なるほど…、とソフィアとエマは頷いた。
ソフィアは手紙を小箱にしまうと、マドレーヌに向き合った。
『ありがとうマドレーヌ。また、助言をおねがいしますね。さて、当初の目的でした手話についてお話したいのですが』
「ええ、何か、いい資料はありましたか?」
『手話とはとても良い手法だと思いました。形や事象を手で表現するのです。ジェスチャーのようなものですね。誰が見てもわかりやすいものから、奥深いものまでありました。相手にも学んでいただく必要があるものもあれば、学ばなくとも感じ取れるものもあります。見てわかるということならば、絵はどうだろうと思ったのです。良く使う単語の絵札を用意しておき、それを見せるのです』
そして、ソフィアは、描き貯めた絵札をマドレーヌに見せた。
ティーカップ(紅茶)
ナイフとフォーク(食事)
バスタブ(湯浴み)
馬車(外出)
花(庭園)
ドレス(身支度)
一日の中で、よく使いそうな言葉を選んで作ったつもりだ。
「まぁ、なんて素晴らしい。こちらをお手元に用意しておけば良いのですね。馬車(外出)は、お外にお出掛けしたいということですね。わかりやすいと思います。単語も添えてあるのは、字も自然と覚えることに繋がりそうですね。使用人がよく使う言葉として、とても役に立つでしょう」
マドレーヌは、一つ手に取り、エマに見せた。
「あ、紅茶ですか?」
「こちらを見せたら、エマならどのようにしなければと思いますか?」
「お茶をご用意すればよろしいのでしょうか?」
ソフィアとマドレーヌは顔を見合わせて、2人ともエマに笑顔を返した。
ソフィアは手で◯を作った。
「正解ですわ、エマ。いかがでしたか?簡単でしたか?」
「はい!よくわかります!これなら字が読めなくとも、何か新しく覚えなくとも理解できます!」
「ソフィア様、大成功にございますね。さっそくこちらは使えましょう」
ソフィアは、ほっと胸を撫で下ろした。
『他にも手話には、指文字というものがありました。五十音を表現するのです。あ、い、う、え、お、といった具合です。これならば、発音をそのまま表せば良いので、こちらも一覧にして、指でさせば文章も伝わるのではと思ったのです』
今度は、五十音表を広げた。
マドレーヌに目配せすると、ソフィアは表をさし始めた。
『わ、た、し、わ、そ、ふぃ、あ、で、す』
「私はソフィアです。ですか?」
ソフィアは手で◯を作った。
「たしかにこれならば、文章が伝わりますね」
『問題は、最低限、こちらの五十音は覚えていただかないといけないのです』
「そうですね。私は読めましたが、それだったら、筆談と変わりませんからね。例えば、エマと会話したいという理由で、こちらを使おうと思っているのであれば、五十音を覚えるより、指文字や手話をご一緒に覚えた方がよろしいかと思うのですが、いかがでしょうか?手話であれば道具がいりません。こちらの一覧も持ち歩かなくて良いのです」
『そうか、すべての人と会話をしようと考えると難しいのですね。たしかに一番はエマと会話をしたいのです。常に側にいるエマと会話できれば、エマを介してお話すれば良いですものね』
マドレーヌはにっこりと笑みを浮かべ、肯定した。
「エマに勉強の時間帯を改めて作らないで、今みたいに一緒にいる時間にお二人で覚えたら良いのですよ。当分の間はエマに通訳を挟む必要がありますから、私がまた、家庭教師としてこちらに通いましょう」
『ありがとうマドレーヌ。とても素晴らしい案です!さっそくセバスチャンにお願いしておきます。マドレーヌのご予定は大丈夫なのでしょうか』
「私は、こちらにいない時間に、町のお手伝いをすれば良いだけですから、問題はないですよ。エマ、あなたもこれから頑張りましょうね」
「はい!私はお嬢様の為なら、いくらでも労力は惜しみませんよ!私に学びの場を与えていただき、ありがとうございます」
これからの新たな方針が決まり、この日もソフィアとマドレーヌはアフタヌーンティーを楽しんだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
違う視点からのお話も挟んでいるため、わかりやすくするために、サブタイトルに通し番号をふりました。