13.シルヴァンと令嬢(9部分シルヴァン視点)
翌日、シルヴァンの朝は早かった。なぜなら、令嬢を想うあまり、胸が苦しくなり寝れなかったのだ。
(参ったな。完全にやられてる…)
身支度の為に、ラファエルが部屋に入ってきた。
『おはようございます。シルヴァン様、昨日の読書はずいぶんと長かったですね。鍛練を怠るのは珍しいかと…』
いつもの習慣とは異なる行動に、シルヴァンにしては珍しすぎて、なんだか昨日は理由を尋ねられなかった。
『心配かけて、済まない。ちょっと、自分でもどうしたものかと…』
歯切れの悪い返事に、本当に珍しいと、ラファエルは踏み込んで良いのか迷ってしまった。
『…では、本日はどのような予定をお考えで?』
『…、また、夕刻まで、読書をするかもしれない…』
『何か、気になることか、興味のあるものが?』
『察しが速いな。まあ、そういうことだ』
ラファエルは侍従だが、侯爵家の次男であり、シルヴァンの幼馴染みでもあるため、あまり気を使わない関係性だ。
『では、朝食をお持ちしますね。本当はいろいろ聞きたいところですが、話してみたくなったら、いくらでも相手しますから』
(たしかに、一人で悩んでても仕方ないし、どうにかしようとしたら、私の場合は、誰かの協力が必要だ。…、情けない。私なんかが、彼女に関わって良いのだろうか…)
朝食を済ませると、図書館へと向かった。
ラファエルは閲覧室まで見届けると、去っていった。
シルヴァンは窓枠に腰かけた。
(今日も彼女は現れるだろうか…)
しばらくすると、侍女とともに、例の令嬢が入室してきた。令嬢は窓際にいるシルヴァンを見つけると、固まっていた。
侍女に話しかけられると、はっと侍女に向き直り、席を決めた。今日は昨日座った位置よりも、シルヴァンに近かった。
読書をしていたシルヴァンは、視界の端に令嬢を確認すると、心が踊った。
(…、良かった!今日も来てくれた!また会えた)
ずっと令嬢を眺めていると、彼女の侍女がこちらを見てから退室していった。
(ん?目が合ったな。…私を警戒してる?)
すると、令嬢がこちらを向き、目が合ってしまった。令嬢はシルヴァンが見ていたことに驚いたようだったが、毅然とした態度で小さくカーテシーをし、席に着いた。
その美しい横顔の口角が上がっているのが見えた。
(…微笑んでる?なんて可愛い…)
シルヴァンは、令嬢の完璧な淑女の所作と、少女のような愛らしさの二面性にすっかり虜になっていた。
案の定、今日も書籍の内容が頭に入ってこない。10分に1回は彼女に目を向けていたのではないだろうか。
(今日も真面目に読書に取り組んでいるな。何を読んでいるのだろう)
さすがに盗み見るのは気が引け、しなかった。
しばらくすると、彼女の侍女が追加の書物を持ってきた。眺めていると、侍女もこちらに目を配っており、また目が合ってしまった。
(しまった。さらに警戒されてしまったかな?)
令嬢と侍女は何か会話し、侍女は退室していった。
再び2人は読書を堪能し始めた。しかし、シルヴァンは、どうにも気になって、何度も令嬢に目を向けた。すると、令嬢と目が合うようになった。始めは逸らされてしまったが、こちらに目を向けてくれることが嬉しくて、彼女と目が合うと微笑んだ。やがて、彼女も微笑みを返してくれるようになった。
(なんて可愛いんだ!!)
この日はもう読書どころではなく、彼女と目が合う度に微笑みあった。
そんなことを繰り返していると、夕刻となり、令嬢は帰る準備を始めた。退室する前に、彼女はこちらを見つめてくれたので、微笑み合った。とても穏やかで、優しい空気が漂った。
(彼女とは言葉がいらない。ずっと側にいられる…。でも、私からは何も動けない。…どうしよう。彼女の身分も名前もわからない。また会えるのだろうか?)
閲覧室を出ると、ラファエルが待っていた。
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