12.図書館の麗人(8部分シルヴァン視点)
この日も朝食を食べ終わると、シルヴァンは日課の読書を堪能するため、侍従のラファエルと図書館へと向かった。
『それでは、シルヴァン様、私はあちらで待機しておりますから、何かあればお申し付けくださいませ』
『わかったよ』
シルヴァンはこの日堪能する書籍を一冊選ぶと、自分の指定席となりつつある、閲覧室の大きな窓の窓枠に腰かけた。
寒いこの国では、陽当たりの良い場所は、ありがたい。お気に入りのこの場所で、シルヴァンは読書を始めた。
閲覧室は、シルヴァンが入ってきたことで、常連にとってはいつもの風景となったが、このことを知らない人も多い。
ひそひそとご婦人が話し始めた。
(あちらの青年はどなた?)
(ご存じないの?あの方は図書館の麗人様よ)
(図書館の麗人?)
(毎日あの場所で読書をされて、誰かとお話になることもせず、お帰りになるの。あのなんとも美しく麗しい見た目から、男性だけれど図書館の麗人と呼ばれているのよ)
(どちらのどなたかはご存じないの?)
(誰もお話したことないから、あの方の身分もお名前もわからないのよ。社交会でもお見かけしたことはないのよね。噂では、どんな令嬢が話しかけても一切相手にしてもらえないらしいの)
静かな閲覧室内での会話だが、シルヴァンは全く気にすることなく、読書を続けている。
すると、1人の令嬢が閲覧室に入ってきた。婦人の噂話には全く気にする素振りを見せなかったシルヴァンも、いつもと違う空気感に、目を配った。
そんな自分の目に写ったのは、閲覧室の入り口で立ち止まる、自分を見つめる令嬢だった。
(あ、しまった)
シルヴァンは男性ながら、息を飲むほど美しい。煌めくプラチナブロンドの髪に、透き通るような肌、通った鼻筋に、アクアマリンのような輝きが美しい瞳を持ち、すらっと伸びた手足は、スタイルの良さを際立たせた。そんなシルヴァンの見た目に、寄ってくる女性は多いため、女性はとても苦手であった。それにも関わらず、こちらを見つめる令嬢と目があってしまったのだ。
(しまったな、目が合ってしまった)
すると、令嬢も慌てた様子であったが、小さくカーテシーをみせた。
(!!!)
小さいながらも完璧なカーテシーに、シルヴァンは目が離せなくなっていた。
令嬢は自分を見つめたまま目を離さないシルヴァンに驚き、顔を背けるとそそくさとシルヴァンから離れた場所に座った。
(なんて美しいカーテシー。母や姉のそれと遜色ない。どこのご令嬢なのだろう)
そして、自分と目が合い挨拶をしたにも関わらず、自分に近寄ってこなかった初めて見る令嬢に興味を抱いた。
その令嬢は、透き通るような肌に、ハニーブラウンの髪と、蜂蜜色の瞳が温かい印象を与え、愛らしかった。
シルヴァンは書物に視線を戻したが、どうにも気になって、先程の令嬢に目を向ける。彼女が読書をする姿は、完璧で美しく、つい見とれるほどであった。
(…なんて美しい。容姿だけではなく、所作も全て美しい)
それ以降、シルヴァンは時々令嬢に目を向けては読書に戻ることを繰り返していた。
(今日の小説の内容は頭に全く入ってこないな)
あまりの腑抜けっぷりに、自分でも呆れた。
いつもならば、昼を過ぎると部屋に戻り、身体作りや剣術の鍛練をするところだが、この令嬢が気になるあまり、居続けてしまった。
夕刻が近づき、令嬢に目を向けると、なにやら一人で一喜一憂している。先程の完璧な貴族令嬢とは打って変わった愛らしい姿に、シルヴァンはつい笑ってしまった。
笑い声に気づいたのか、こちらに目を向けた令嬢は顔を真っ赤にし、彼女の侍女らしき女性とともに退室していった。
(あっ、行ってしまった。…それにしても、とても愛らしかった)
今までに出会ったことのない女性に、すっかり心を射抜かれてしまったシルヴァンは、参ったなとため息をついた。
(逃げるように出ていってしまったが、また図書館に来るだろうか…)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
当初、使用人にシルヴァンという名前を使いましたが、どうしてもこの青年に使いたくなったため、変更しています。