11.穏やかな時間
「おはよう、ソフィー。よく眠れたかい?」
何も知らないアドルフは、昨夜エマとの楽しい一時を過ごしたと疑い無く、ソフィアの様子を伺った。
『おはようございます。お父様もゆっくりお休みになられましたか?私に有意義な時間をくださり、ありがとうございます』
「そうかそうか、フレデリックは役に立つだろう?私の自慢の侍従だ。いつでも貸してやるぞ」
それにはフレデリックが照れた様子をみせた。
『お父様の今日のご予定は?』
「私は、今日は、ステンドグラス工房を見学させてもらう予定だ。透明なガラス細工も美しいが、着色されるとそれはまた美しいからな。銀細工にも活かせる技術があればと思っている。ソフィーは図書館へ行くのかい?」
『はい。フレデリックから、今日が最後になると伺ってますので、読書を堪能したいと思っています』
「うむ、では、送っていこう」
朝食を済ませると、図書館へと向かった。
馬車では、ソフィアがフレデリックに手紙を渡した。フレデリックが内容を確認すると、エマに話しかけた。
「ソフィア様からです。最後、図書館司書様に、この3日間の応対に感謝と、住まいに戻る為ここへの訪問が最後になること、もし今後、また利用する際にはお世話になることをお伝えくださいとのことです。ソフィア様からもお手紙をお渡しするそうですが、エマからも重ねてお願いしますと」
「かしこまりました。こちらの司書様は大変よくしてくださいましたものね」
ソフィアはにっこりと頷いた。
図書館に着くと、今日は図案見本の書物を借りることにした。司書はすぐに用意してくれ、エマが受け取ると、ソフィアと共に閲覧室に向かった。
(今日は、いらっしゃるかしら)
ソフィアはドキドキと打つ胸に手を当て、閲覧室に入った。
窓辺には、窓枠に腰かけたあの青年が、こちらを見て、微笑んでいる。
ソフィアは優しく微笑んだ。
その様子を確認したエマは、ソフィアの手をひき、あの青年に一番近い席に案内した。
ソフィアはオロオロと困った様子をみせたが、エマは構わない。
「お嬢様、今日は陽射しがとても柔らかく暖かいですから、こちらの明るい席にしましょう」
持っていた書物を置き、椅子をひいてソフィアを座らせた。
「時々、こちらにお伺いしますから、読書を堪能くださいませ」
エマはにっこり一礼すると、退室していった。
(!!近すぎるわよー、エマ~!!)
すぐ横にはあの青年がいる。ソフィアはしばらく顔をあげられずにいた。
陽の光にまどろみつつも、2人はそれぞれ読書を堪能していた。
ソフィアはこの日、図案見本を見ながら、よく使いそうな単語の絵札を作っていった。
(とても、良い書物を見つけたわ。私にも上手に絵が描けるもの)
エマは閲覧室の入り口から、中の様子を伺った。すると、閲覧室にいる紳士や婦人が、2人揃っている姿を遠巻きに眺めている。2人はただ、それぞれが読書を堪能しているだけなのだが、とても絵になるのだ。
(お美しいわねぇ…)
(あのご令嬢は、どちらの方でしょうね)
(お二人は恋人なのかしら?)
いろいろ噂されているのが聞こえる。
エマはどうしたものかと悩んでしまった。ソフィアは満足そうに笑みを浮かべながら、作業を行っている。青年もそんなソフィアを時々見つめながら穏やかに読書を堪能されている。今がとても幸せそうなのに、筆談を提案しても良いのだろうかと。
ふと、横に人がいることに気が付いたエマは、少しばかり驚いた。
横にいた青年は、エマと同じように窓際の二人を見つめ、笑みを浮かべている。
エマの視線に気づいたのか、横にいた青年は、エマと目が合うと会釈し、立ち去っていった。
結局この日は、二人は会話することなく、ただ側にいるだけであった。
暗くなり始めた窓の外を確認したソフィアは、書物を整えた。ちょうどエマが迎えにきて、荷物を持つ。
「お嬢様、よろしいですか?」
エマは確認する。ソフィアは頷いた。
ソフィアは席を立つと、窓際の青年を見つめた。青年もソフィアを見つめ、お互い微笑んだ。そして、退室する。
司書の元に行き、書物と共に手紙を渡し、さらに、エマからお礼と挨拶をした。
馬車に乗り込もうとしたとき、エマと同じ時に閲覧室を伺っていた青年が、「お待ちください」と走って声をかけてきた。
「突然申し訳ございません、お嬢様方。我が主から、こちらをお嬢様にお願いしたいと申し付かっております。よろしければお受け取りくださいませ」
それは1通の手紙だった。
誰からだろうと、ソフィアとエマは手紙から顔をあげると、手紙を渡してくれた青年の後方に、あの窓際の青年がこちらを見つめて立っている。
(!!…あのお方から?)
「!お嬢様、あのお方ではないですか!?」
エマは後ろにいる青年から目の前の青年に目を合わせると、目の前の青年はエマを見つめ頷いた。
「…、お嬢様…」
エマはソフィアの背後から両肩に手を添えた。エマから勇気をもらったソフィアは、目の前の青年から手紙を受け取り、胸に抱き止めた。
「では、失礼致します」
エマは、ソフィアを馬車に乗せ、青年に一礼すると、自分も馬車に乗り込んだ。
馬車では、ソフィアが手紙を抱き止めたまま、惚けている。
「あの、お嬢様、お読みにはならないのですか?」
ソフィアは、エマと一緒に読みたいからと伝えたくて、エマの手を握り締めた。
エマもなんとなく理解をした。
「では、また、フレデリック様にお願いしましょう」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。