10.ソフィアの相談
夕食も終わり、ソフィアはフレデリックに用意していた手紙を渡すと、フレデリックはアドルフに何やら説明した。
すると「私は先に休んでいるから、この後は3人に任せるよ」と、アドルフは退室していった。
エマは単純に旦那様はお疲れなのねと思っていたが、他の2人の様子は違うようだった。
『お父様に、なんと説明したの?』
「お嬢様方の友人話の通訳をお願いされましたとお伝えしました」
ソフィアは、エマと会話をしたいから通訳をお願いできないか?という手紙を渡しただけだったが、フレデリックは出来た男であった。
「エマ、ソフィア様があなたとお話をしたいそうですよ。私が通訳をしますから、心置きなくあなたが聞きたいこともお話ししてみてください」
エマは嬉しさで溢れた。ソフィアとの会話は、エマも望んでいたことだったからだ。
「フレデリック様、ありがとうございます。お嬢様も、ありがとうございます!」
『良いのよ、エマ。先ほどフレデリックが言ってたように、この時間は友人としてお話しませんか?名前で呼んでくださいな』
フレデリックは、通訳を始めた。
「はい!では、ソフィア様。あの、ソフィア様がお話したいこととは何でしょうか?」
『エマは今日、図書館に知り合いが出来たか?と私に尋ねたわね?それはなぜそう思ったの?』
「あの、今日はじめに閲覧室に入った時に、ソフィア様が窓際にいた男性を見つめて気にされていたのが気になって…」
(その時点で私の挙動がおかしいと思ったのね。)
さすが、長年仕えてくれてるだけあるなと、ソフィアは思った。
「それから、私も気にして見るようにしたのです。そうすると必ずその男性はソフィア様を見つめていらっしゃったものですから、お互いお知り合いなのかと」
(!あの方が私を見ていたの!?)
目が合っていた時以外にも、自分に目を向けてくれていたと知って、ソフィアは胸がキューっと苦しくなった。
(この気持ちは何なのでしょう、苦しいわ)
この様子に2人は慌てた。
「ソフィア様、お体大丈夫ですか!?」
「ソフィア様、どちらか痛むのですか!?」
慌てた2人に驚いたソフィアは、手で✕を作った。
『心配させて、ごめんなさい。私にもわからなくて。この感情について、教えて欲しかったのです。それでエマに相談したくて』
「ええと、その男性が関係しているのでしょうか?」
エマは、恐る恐る聞いてみた。
『初めに見かけたのは昨日なの。閲覧室に入ると、今日と同じように窓枠に腰かけて、読書をされていて。そのお姿が絵画のように美しくて。それで気になっていたのです』
フレデリックはそうだったの?と目配せでエマに確認もとりつつ通訳した。
「昨日から気にされていたのですね。それでソフィア様の様子がおかしかったのですか。確かにとてもお美しい方でしたね」
エマはソフィアに返事しつつ、フレデリックにも事実であると目配せした。
『徐々に目が合うようになって、驚きと恥ずかしさで目を逸らしてしまっていたのですが、そのうち目が合う度に微笑んでくださっているのに気付き、私も微笑みで返すようになりました。あの方の笑顔で、私は温かい気持ちになるのです』
フレデリックとエマは驚いた。
《《ソフィア様が、恋の病を患っている!!》》
エマは優しくソフィアの手をとり、優しく声をかけた。
「ソフィア様は、その男性に、恋に落ちたのですね」
(!恋!?…この気持ちが?)
ソフィアは驚きのあまり、固まった。
フレデリックとエマは、その様子を穏やかな顔で見つめた。
しかしそれと同時に、二人ともどう助言してあげたら良いのか、悩んでしまった。
その男性の情報がないということもあるし、ソフィアの障害もある。大切な我らが令嬢に二度と未熟な男は近づけたくなかった。
「ソフィア様、そのお方とはお話はされたのですか?話しかけられたり、お近づきになったりは…?」
今まで通訳に徹していたフレデリックだが、ここまでの事情を把握したため、会話を進めてみることにした。
『いえ、お話は全く。私は発声できませんし、私からは恐れ多くて。ただ、ご挨拶にお辞儀と、視線を交わすのみで、あちらからお近づきになることもございませんでした』
それを確認すると、フレデリックは1つ息を吐き、意を決して告げた。
「本当に顔見知りになっただけなのですね。お心苦しいところではありますが、旦那様の今回の訪問は、明日で一段落します。明後日にはオルヴェンヌ領に向けこちらを出発する予定にございますので、もし、そのお方にお会いできるとすると、今回の訪問では、明日が最後になるかと思います」
それには、ソフィアもエマも驚いた。ただ同行させてもらっただけで、帰路までの予定を確認していなかった自分が悪いのだが、それでも、今日相談できたことは、幸いだった。あと1日図書館に行くことができる。
ソフィアは大きく息を吸うと、胸に手を当て、大きく息を吐いた。何か覚悟を決めたように見受けられた。
『フレデリック、今日あなたにお願いして本当に良かった。私が恋心を持つことが出来るなんて思ってもみなかったわ。この旅の、良き思い出となります』
これには、フレデリックもエマも衝撃を受けた。ソフィアは、この恋心を育てるのではなく、大切に蓋をして終わりにしようとしている。
またフレデリックとエマはお互い目配せすると、エマが口を開いた。
「…ソフィア様、また明日、あのお方にお会いできると良いですね」
ソフィアは儚げに微笑んだ。
フレデリックにお礼を述べると、ソフィアは寝室に向かった。
エマはソフィアの仕度を終え、居間に戻ると、フレデリックと作戦を練った。
「ソフィア様の幸せが一番です。私は旦那様の側にいなければなりませんから、その男性の様子がわかりません。エマはできる限り様子を伺い、情報を得てください」
「かしこまりました」
「ちなみに、ここまでのエマから見た男性の様子はいかがですか?」
「とにかく美しい方でした。高貴な雰囲気をまとわれていたので、高位貴族かそれ以上かと。お一人で読書をされてまして、ご婦人やご令嬢に近づく様子はありませんでしたが。」
「ソフィア様に笑顔を向けるのは、女性にだらしないというわけでは無さそうですね」
フレデリックは、少しの間、考えた。
「エマ、もし、エマがその男性が信用できそうだと判断した場合には、ソフィア様に筆談を提案してみてください」
「筆談ですか?」
「読書をされてるのですから、その男性は字が読めます。図書館という場ですから、静かに会話する手法としては、問題無いでしょう」
「なるほど、良い案ですね!とはいえ、終わりにしようとしているお嬢様がその案を受け入れてくれるかが問題ですね」
「それは、それで仕方の無いことです。この恋にご縁があるかどうかは、本人次第ということです」
「そうなのですね…」
エマとしては、ソフィアの初恋の応援をしたいところ。しかし、実らないことが多いのも初恋の甘酸っぱいところだ。
切ない思いも残し、この日の夜も更けていった。
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