災厄の魔女と炎の騎士 Ⅰ
帝歴403年10月25日
銀髪の長い髪を揺らす一人の女性。誰もが一目でその美貌に見とれる程の容姿を持つその人物は、目の前の席に座る俺に対しサリア王国からの連絡事項を伝えていた。
彼女の名はシファ・ラーニル、俺の義理の姉に当たり両親を亡くした自身を引き取ってくれた育ての親でもある人物だ。
彼女の素性の多くは謎に包まれており、祖国であるサリアにおいても彼女の素性は謎に包まれている。
ただ一つ確かなのは、彼女は十剣の誰もが畏怖する程の実力を持つこと。
「サリア王国からの連絡は以上だよ、ハイド」
俺はこの日の放課後、姉さんに喫茶店に呼び出されると例の引っ越しの件について伝えられていた。
「分かりました。
今月の内に引っ越しの準備をすればいいんですよね」
「そうだね。
まあ、こっちで手違いがあってルーシャと一緒の部屋になっていたようだけどさ……」
「手違いって……やっぱりそうだったんですか?」
「まあね、本当はシンちゃんをルーシャのルームメイトに当てる手筈だったんだけどさ……。
何故かあなたの荷物がそっちに届いていたようだし……」
「確かルームメイトは、公平に選ばれるんでしたよね?」
「うん、でもほらルーシャは王女だからさ、そこら辺は……」
「まあ、確かにそうですよね……。
よくよく思えばおかしいって思っていたんですけど」
「そっか……。
それじゃあ、とりあえずは準備をお願いね……」
「姉さん、一つ質問がある」
「何かな?」
「ラウ達と、姉さんは何を企んでいるんだ?」
「…………。」
「準決勝の時、ラウは姉さんの神器の力を使っていた。奴は言っていた、彼女は我々の協力者であると……」
「そう、あなたには言わないように伝えたはずだったんだけどな……。」
「……。
つまり姉さんは、ラウ達が何者なのか分かっているんですよね?」
「帝国の八英傑の一人であったノエルの手によって造られた人工生命体。
そうでしょう?」
「……。」
「私は昔ノエルと面識があったから、あの二人に関しては少しだけど情報は持っていたんだけどね。
実際現物を見た時は驚いたけどさ……」
「やはり、彼等と何らかの目的の為に手を組んでいたんですね」
「そうだね、彼等の目的の一部は私の目標と重なる面があったからさ。
まあ、協力関係である事に変わらないけど」
「姉さん達は一体何を企んでいるんですか?」
「ラウからは何も聞いていないの?」
「詳しい事は特に知りませんよ。」
「そう。
ラウが言っていないのなら、今の私からは何も言えないかな……」
「サリアを裏切るような事を企んでいるのでしたら、姉さんであっても容赦はしません」
「それが、今のあなたの覚悟なんだね……。」
「俺は自分の大切な人達を守ると決めました。
その中には姉さんも含まれています、しかし姉さん達がサリアを裏切るような真似をしようと企んでいるのなら、俺は例え姉さんであろうとも刃を向けます」
「サリアの為だけに、あなたは戦うの?」
「以前会った、未来の俺との約束の為ですよ。
奴との記憶はある程度共有されていますからね。
でも意識に関しては自分ですから何か変わったような事はありませんけど……」
「…………そう」
俺の言葉に対し、何か納得していない姉さんの様子にを見兼ね俺は彼女に尋ねる。
「何か納得していない点でもあるんですか?」
「今のあなたは……過去の記憶、その全て取り戻せたの?」
「いえ、まだ肝心なところがまだ……」
「どの辺りが思い出せないの?」
「クレシアの家族との記憶、両親との記憶はほぼ思い出せているんですけど……。」
「誰か上手く思い出せない人がいるような感じだね?」
「はい。
あの頃のリンとの記憶がまだ断片的過ぎて思い出せていないんですよ」
「リンちゃんとの記憶が?」
「はい。
それと、これを見て欲しいんです」
俺はそう言い小さな一枚の写真を彼女に見せる。
その写真を見て、彼女は驚きの表情を浮かべた。
「この女の子は?」
「リンですよ。
10年前、一緒に暮らしていた本来の人物です。
でもまだ、彼女に関する記憶が曖昧で……。
まあ、今まで姉さん達と一緒に暮らしていましたからね……」
「そう……、やっぱりラウの言うとおりかもしれない……」
俺の言葉を最後まで聞かずに、姉さんはそんな事を小さく呟いていた。しかし俺にはそれが聞こえていなかったので彼女に思わず尋ねていた。
「姉さん?」
姉さんは軽く首を振り、表情を戻すと静かに立ち上がる。
「何でも無いよ、とりあえず連絡は以上だから。
私はもう先に失礼するね……。
荷物をちゃんと今月中にまとめるように……それと、場所に関しては明後日には伝えられるはずだから」
「……分かりました」
「それじゃあ、またね」
シファはそう言うと軽く俺に向かって笑顔で手を振り、この喫茶店を後にした……。
いつも見慣れいるはずの姉さんの姿、しかしここ最近の彼女からは何かしらの不審感が拭えずにいた。
誰よりも美しく、そして誰よりも強い存在。
思えば俺は、家族でありながらこの人の事を何一つ知らないのかもしれない。
過去に何があったのか、かつてどんな人々と関わって来たのか……。
俺は、あの人にとっての何なのだろう?
俺は、あの人をどう思っているのだろう?
「ちゃんと、向き合うべきなんだよな……。
大切な家族なんだから」
目の前の僅かに冷めたカップを眺めながら、俺はそんな事を一人呟いていた。
●
帝歴403年10月30日
その日、引っ越し先の場所を姉さんから教えられた後、そのまま俺と彼女は外食をする事になった。
リンも一応誘ってみたが、「外は寒いから私はいい」との事で俺と姉さんの二人きりでの食事となっていた。
「なんかこういうの懐かしいよね、昔は私にべったりでずっと私の手から離れなかったのにさぁ……」
「あはは……、確かにそんな事もありましたね」
姉さんは俺の右側を歩き、昔の事を懐かしく語り始めていた。
「その時リンちゃんは、あなたの肩に乗って私も構ってよ〜ってアピールしてたよね……」
「あー、まぁでもその時の俺は小さかったからあの体躯に対してリンはそれなりに重くて鬱陶しくて結局姉さんの肩に乗ってましたよね」
「あの時は私も大変だったなぁ……。
でも今は、結構立派に成長してくれたしお姉さんとして凄くは嬉しいよ」
「それはどうも」
姉さんの言葉に俺は照れくさくなり、適当にあしらうと僅かに頬を膨らませて、俺の右手を手に取りそのまま右腕にしがみついた。
「姉さん、ちょっと重いんですけど……」
「別にいいでしょ、たまには……。
最近、シラフには無理させてばかりだからさぁ。
家族でこういう時間が取れる機会もあまりないし……」
「それはまぁ、お互い成長してますし……」
「お互いって、今の私の姿を見てもそんな事言える?」
姉さんはそう言い俺を上目遣いで見つめる。
身内ながら本当に綺麗な人だとは思うが、思えばいつの間にか俺はこの人の背を超えていた事に気付く。
出会った頃と全く変わらない姿で、昔の自分の背が小さいが故に、姉さんとの体格差が大きく、小さい事にからかわれ、俺は頑張って姉さんよりも大きくなりたいとやっけになっていた。
それが気付けば、今は……。
「姉さんは、変わってませんよね……。
むしろ、なんか小さいような……」
「小さいって……。
私ちょっとその事、気にしてるんだからね。
周りはみんな大きくなってさ……、でも結局みんな私より先に死んじゃうからさ……」
「……」
「私、他の人よりずっと長生きしてるからね。
今のあなたくらいの子も含めて、沢山出会って、沢山見送ってきたから………。
あなたと過ごした十年少しも、その沢山の一つに過ぎない。
本当、あっと言う間なんだ。
最初は私よりもずっと小さかったくせに、いつの間にか大きくなって生意気な子になっちゃうからさ。
そして、結局みんな私より先に死んじゃう」
「姉さん……」
「私ね、本当はシラフの事をクラウスに頼むつもりだったんだ……。
自分から育てるのは、本当にごくごく一部の子達というか自分の責任感というか、とにかくそういうのだけにしてたの……。
一緒に暮らして、愛着とか湧いたらお別れしたときに凄く辛いからね……。
でも、なんでかな……、あなたの事は自分が何とかしなきゃって思ったの……。
昔の自分と少しだけ似ていたような気がしたから……」
「昔の姉さんと、俺が?」
「うん……。
私、小さい頃は戦争孤児みたいなものだったんだ。
でも力が強かったから、自分の身くらい自分で守れてたけど、そのせいで私の周りで私の大切な人達を多く亡くしてしまった。
当時のあなたみたいに、自分の力で自分の大切な人達を沢山沢山傷付けた……。
だから私、あなたを放ってられなかったの……」
「姉さんは優しい人ですよ……。
あなたの元で一緒に過ごせて、俺自身はとても幸せでしたから」
「そっか、ありがと。
あとはシラフが綺麗なお嫁さんと結婚して子供まで見れればもう十分かなぁ……。
今のシラフって気になる子とか居ないの?
ほら、この前お邪魔したノワール家のクレシアさんとか、あとはほらやっぱり向こうのアノラちゃんとか、ここで一応同棲までていたあなたの主であるルーシャとかさ?
お姉さんとしてはそこら辺の話とか結構気になるよ」
「いや、流石にそういうのはまだ早いというか……。
てか、だったら姉さんの方が先じゃないですか?
一応、ラーニル家の当主ですし、見合い話には困らないでしょう?」
「あー、まぁ一応今はラウと形だけ付き合ってる事にはしてるけど、結婚とかは別にいいかなぁ……。
ラウって子も、私なんかに見向きもしないし……。
それに私、縁談とかの見合い話は全く来ないんだよねぇ。
私、これでも年齢よりはずっと若く見られるし、顔だって綺麗な方だって自覚あるのになぁ」
「年齢より若く見られるのは、さっきの話聞いたので大体分かりますけど……。
まぁ、俺から見ても姉さんは、その……綺麗な人だと思いますよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……。
好みって感じの人は今のところ居ないなぁ……。
まぁ別に、今更結婚しなくてもいいんだけどね……」
「それはそれで、俺が心配になりますよ」
「シラフはもう少し自分の心配をしなさいよ。
それとも、昔私に言ってくれたみたいにシラフが私と結婚してくれるの?」
「いや、それは幼き頃の過ちというか、言葉のあやというか……ええと……」
「ふーん、シラフは私と結婚してくれないんだ……。
酷いなー、お姉ちゃん傷付いちゃうなぁー」
「いや、ほら流石に義理と言えど姉弟で結婚は……、いや法律的にはセーフ……、いやいや流石に……養子縁組って訳ですし何というか……」
「ふーん。
素直に断らない辺り、まんざらでもないんだ」
「いやだって、その……、
いきなりそんな事言われても俺は……」
「じゃあ、学院卒業までに私に結婚相手を紹介してね。
出来なかったら、私と結婚っていうのはどう?」
「いや……、流石にそれじゃあ姉さんに悪い気が……」
「私は構わないよ、シラフとの結婚については。
それに、その方があなたを巡る競争が面白くなりそうだからね」
「競争って、そんな大げさな……」
「じゃあこの件はとりあえず決まり!
ほら、早くお店入ってしまおうよ。
早くしないとゆっくり食べてる暇ないんだからさ」
「決まりって……。
姉さん、その話どこまで本気なんです?!」
腕から離れた彼女は、そのまま俺の手を引き、急ぎ足で目的の場所まで駆け抜けていく。
常に自由奔放な彼女の姿、先程までの話のどこまで本気なのか、もしくは俺をからかっているのか、その真意は彼女のみが知る。
しかし、一つ言えるのはたまに見える悲しい顔。
あれだけは、彼女の本心から来るものだった。
あの顔をさせないようにしたい。
難しいかもしれない。
それでも……
この人には、笑っていて欲しい。
それが俺の願いだ。