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大賢者の魔法喪失  作者: 夜見風花
呪われた大賢者編
5/33

魔力譲渡

 葉が日光を遮る、薄暗い巨大樹の森で。僕とマリーナは、彼女の家が建つ木の根元に立っていた。


 ──あることを試すために。


 




「……『魔力譲渡』?」


「そ、試してみない? せっかくだしさ」



 僕が彼女から『魔力譲渡』について聞いたのは、今朝の話だ。彼女曰く、文字通り体内の魔力を他人に譲渡する魔法、らしい。

 


 僕はそんな魔法の存在を聞いたことがない。そこから予想するに、『魔力譲渡』とは彼女の創造魔法なのだろう。


 


 ──エルフ族は、魔法を使うことができない。


 彼らの殆どは無魔力者であり、他人からの迫害を避けるために森で暮らしていた。



 『魔力譲渡』とは……エルフ族でありながら、莫大な魔力を持って生まれ、大賢者となったマリーナが育った環境に由来しているのだろう。そこからも、彼女の慈愛を垣間見ることができる。




「魔力譲渡って……マリーナの魔力を僕に渡すの? どうやって……」


「……どうやってって……口移しだよ!」



 ……?



 僕は一瞬、彼女が言った言葉が理解できなかった。口移しって……まさか……そういうこと?

 

 そして彼女はそれを、その行為をどう思っている?これまで色々な人に……やって、きたのだろうか……?



「ん〜、なんてね! つい、からかいたくなっちゃって……驚いた? 本当は手を繋げばできるよ!」



 彼女は、笑顔で言った。



 ………………。



「なんだ、そうなんだ……」



 不意に漏れた言葉に気付き、ハッと口を抑える。がっかりしているとか思われたら最悪だ。



 

「どう? 試すよね、アンリ?」


「もちろん。お願いするよ。ありがとう」



 ただ今は一刻も早く、魔力を取り戻すために。その手掛かりとなるものを手繰り寄せ、導き出してやる。魔力奪還への、道のりを。



「……決意したみたいだね。じゃあ、行こっか」



 彼女は突然僕の手を取り、僕はまた雷に包まれた。そして直後僕たちは、彼女の家が建つ巨大樹の根元にいた。



『障壁』


 

 彼女がそう詠唱すると、途端半球状の結界が僕たちを包んでいく。



「結構広めに作ったから、炎魔法の延焼も反射も気にすることはないよ。もちろん、耐久性は折り紙付き!」



 そう言う彼女を横目に、僕はマリーナの手を取った。

 


「早速、やろう」


「あ……うん……」



 直後、彼女は軽く息を吸い、



『魔力譲渡』



 瞬間、繋いだ右手から何かが流れ込むのを感じる。きっとこれが、彼女の魔力なのだろう。僕に流れ込むそれは、乾ききった体を潤し、満たしていく。その魔力は元来雷魔法を使う者の物であるからか、少し体が痺れるような感覚を覚えた。


 睡眠中に行われるはずの魔力回復。こんな感覚なんだ……。



「ほら、今だよ」



 恍惚とした感覚に溺れていた僕は、マリーナの言葉で我に返った。


 

 魔法を使える気がする。今なら、できる。


 直感は確信に変わり──。



「我が魔力よ、炎を顕現しすべてを焼き尽くせ! 『炎弾』!」



 

 一瞬の静寂を経て、突き出した手のひらから炎が現れる。夕日の如く燃え、微かな雷を纏いながら紅く輝くそれは、いつもより幾らか速く直進し、『障壁』にぶつかった。



 ……炎弾は、弾け散り、直下の草を焦がしやがて、消えた。



「やったね、アンリ! ……って、泣いてるの……?」



 どうしてだろう。涙が溢れて止まらないのは。きっとそれは、不安による負担からの開放のせいだろう。冷静に自己分析をしろ。僕はもう、子供じゃない。



「自分だけの力じゃないとはいえ、魔法が使えたのが嬉しかったんだ……きっと」


「……そうだね。ところで、もう一回魔法使うことってできる?」



 僕は頷いて、『炎弾』の詠唱をした。


 

 ……しかし炎が現れることはなく、静寂が耳に響くのみだった。さっきのは偶然だったのか……? 焦る僕に彼女は冷静に言った。



「これで確信が持てたよ。君の『魔法喪失』の原因にね」


「本当に!? 今すぐ教え──」


「まあまあ、焦らないで」



 思わず急かした僕をなだめ、彼女はしゃがみ込んだ。



「アンリ、これ見てみて」


 

 彼女の言葉に僕もしゃがみ込み、見てみるとそこには、彼女が地面に描いた絵があった。水の入った容器……だろうか?



「この容器がアンリの体で、水が魔力だとして──」



 彼女の言ったことを要約すると、僕の『魔法喪失』の原因は、持続的な魔力の減少だった。割れ、ヒビが入った容器から水が滲み出るように、僕の体内からが絶え間なく放出されているらしい。


 魔力の放出量は、時間経過によって回復する量を上回っていて、常に僕の体内には魔力が留まっていられないのだ。



「つまり、さっき魔法が使えたのは、『魔力譲渡』でアンリが一時的に私の魔力を受け継いだからだね。だから、炎の周りに少し雷が見えたでしょ?」  



 かなり『魔法喪失』の全貌が見えてきた。しかし気掛かりなのが、彼女の力を持ってしても、ほんの短い時間しか魔法を使えないということだ。


 そして、『魔力譲渡』が彼女に与える負担はかなり大きいようだ。さっきから彼女は冷や汗をかき、息を切らしている。……僕のせいで、申し訳ない。



「漏れ出た魔力はどこへ行くんだろう……」



 彼女が静かに呟いた。

 魔力譲渡とは例えるなら体力を他人に分けるといった魔法なので、譲渡する側はその分疲弊します。魔力を与えるというのはそれほど常軌を逸した魔法です。

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