突然の来訪者
旧3話と統合しました。
大賢者でありながら、魔法が使えないとは。僕の人生、十七年間で一番の危機だ。先が、見えない。正直今の状況も飲み込めていないし、これからどうなるかも分からない。
とにかく今の僕にできるのは、王国を目指すことだけだ。マライスカに辿り着けば少し希望が見えてくる。
魔法が使えないことを打ち明けて、それから……どうする?
大賢者の称号を剥奪されて、白い目が背中を指差し続ける、そんな人生を送るのか?
何をしたとしても、明るい結末を迎えられる気がしない。
もうここまでくれば、このまま森で野垂れ死んでも、王国で爪弾き者にされても、同じように思えてくる。
「炎灯」
指先に炎の光が灯るはずのこの魔法も、やはり使えない。それは、灯りのない真っ暗な未来を示すかのように。
本来なら、大賢者として栄光を受け、魔法の発展、モンスターの討伐に努めながら、慎ましくも幸せな生活を送れるはずだったのに。
考えていても仕方がないのに、仕方がないのに……涙が出てくる。
……とにかく、マライスカヘ行こう。何か、目標を作らなければ心が折れてしまう気がする。
僕は涙を拭き、森を抜けるため、王国のある北へ走り出した。
──瞬間。
雷光、背後に迸る。落雷の音、光が突然現れる。
突然の出来事に驚いて、体が反射的にビクッとなった。
「……アンリ」
後ろから僕の右肩に置かれた手は柔らかく、女性のものであるようだった。
そしてどこか懐かしい声色の、僕を呼ぶ声が。
目に涙が浮かぶ。先程のものとは違う、安堵の涙。
不意に風が吹き、木の葉を揺らしたあと、いつかの甘い香りを僕に運んだ。
僕が振り返ると、そこには。
『雷の大賢者』マリーナ・ヘラルがいた。
風になびく金色の長髪、そして底のない光を宿した碧眼。エルフ族の狩衣装の上に羽織った、大賢者のローブ。腰に下げた矢筒が揺れている。
「マリーナ、どうしてここに……」
何年ぶりに会ったのだろう、僕たちは。しばらく見つめ合うその時間は、まるで止まっているようだった。
「詳しい話は後にしよう。事態は深刻みたいだしね」
そう言ったマリーナは突然僕の手を握った。
「準備はいい? とにかく今は私の家に。『身体強化』」
彼女の詠唱に反応した魔素が、繋いだ手を通して僕の体にも流れてくる。僕の『身体強化』とは違う、体内が痺れるような感覚。
──そして僕たちは、雷になった。
まばゆい光に包まれて、数十秒。視界が明瞭になってきて、気づくと僕はまた森にいた。
僕の家がある森とは雰囲気が違う。
僕たちは今、王国の北にある、巨大樹の森の入り口に立っている。
……あまりにも、速すぎる。
これが彼女の魔法。雷の性質の一つ、高速を加えた身体強化は一般のそれを遥かに凌駕する。
僕の身体強化の移動では、短く見積もっても、数分はかかっただろう。
絶好調で、そして魔法が使えればの話だが。
「はい、着いたよアンリ」
彼女が僕を見下ろしながら言った。目の前に彼女の顔がある。角度的に僕が彼女を下から覗き込んでいるような……。
──!
唐突に理解した。足が地に着いていない。
つまり、僕は今、彼女に抱かれている。いわゆる──お姫様抱っこの形で。彼女は僕を下ろした。
顔が熱い。恥ずかしさと照れが同時に襲ってくる。確かに手を繋いで走るよりも合理的ではあるが……。
「ごめんね、突然迎えに行っちゃって。大変なことになってると思ったから……」
「いや、ありがとう……」
森を歩きながら、僕たちの間に少し気まずい沈黙が流れ、そして僕の頭に、ある疑問が浮かぶ。
どうして彼女は僕の元に来たのだろう。僕の心の中を読んだかのように、彼女は言った。
「君の魔力が感知できなかったんだよね。もしかしてアンリ、今魔法が使えないんじゃない?」
ドキッとする。その通りだ。
そして驚くべきはその魔力探知能力。王国を挟んだ向こう側の森の魔力すら感知することができる魔法使いは、彼女以外になかなかいないだろう。
僕は正直に、彼女の言った言葉を認めた。
「思った通りだよ。君ほどの膨大な魔力が消えるだなんて、考えられなかったからね。しかしそんなことが……あり得るだなんて」
彼女は僕の前では常に冷静に振る舞おうとする。昔からそうだ。
しかし今回ばかりは、ショックが大きすぎたようだ。彼女の動揺が、空気を通じて僕の心にまで伝わってくる。当然僕も、彼女以上にこの件に対して衝撃を受けているのだが。
「どうして僕を……ここまで連れてきたの?」
「……私が魔法薬に精通していることは、覚えてるよね。もしかすると私なら、君を治せるかも、と思って」
久しぶりの再会で、何を話せばいいか分からず、足元を見つめながら彼女の後ろを歩いていた僕は、ついに目的の場所へ到達した。
見上げれば木ばかりの森だが、この場所は違う。巨大樹の枝に架かっている家、マリーナの家が、頭上にはあった。木登りができるモンスターは少ない。それを考えれば、非常に合理的だ。
「飛ばすよ」
頷いた僕に、再び雷を纏った魔力が流れ込んだ。そして光に包まれ、気付けば木造の家の中に、僕達はいた。
彼女の家の中には、二つの椅子、机とベッドが一つあり、そして最奥の棚には魔法薬瓶が並んでいる。
……いつかの幼い日、僕が彼女と暮らした場所だ。
「さあ、座って。診察を始めようか」
その淡い緑色の瞳に吸い付けられた僕は、彼女と向き合うように座った。




