遥かなる旅路
昨日投稿忘れてしまいすみません!
僕たちは魔法局を出て、彼の行きつけだという店に向かった。
「メルラスを倒すまで贅沢な食事は摂れないだろうしな……これくらいなら許してくれるだろう」
ルセウスさんはそう言う。
それは彼なりの、日常への決別なのかもしれない。
そこは酒場だった。
「僕、お酒飲んだことないです……」
「そうか。まあこれから戦いに行く訳だから、飲むのはまた今度な」
中に入り、席に座って注文した。
不意に、周りにいる酔っ払いたちの視線が、僕たちに集中していることに気づく。
「ローブ……脱いだほうがいいかもしれないね」
彼女は黒のローブを脱いだ。多分彼らは大賢者の顔など覚えていないし、その上酔っている。
視覚的に分かりにくくなれば大丈夫だろう。
しかしその予想は、半分間違っていた。
マリーナがローブの下に着ているエルフ族の伝統衣装に、詳しい者がいたのだ。
「おい姉ちゃん……それ、エルフの狩衣装だろ。俺は長いこと奴隷商をやってる……親父からも聞いたぜ、昔はエルフが高く売れたってな」
酔った男が酒瓶片手に、マリーナの肩に手を置いた。
そして当然のようにとんでもないことを言っている。
「最近はエルフがめっきりいなくなっちまったらしいが……あんた、俺についてきてくれねぇか? なに、悪いようには────」
目の前で男が体制を崩して倒れる。
その原因は顔に衝撃を受けたことのようだ。
振り返って、二人の驚いた顔を見て我に返る。
僕は気がつけば、奴隷商の男を殴っていた。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「……はっ、全くお前ってやつは……店主さん、悪いがさっきの注文無しで。あと俺、しばらく来ないからよろしくな」
「ええっ!?」
驚く店主をよそに、ルセウスさんは会計台に金貨三枚を置いた。食事代にしては高すぎるので、恐らく迷惑料込みだろう。
「ご迷惑おかけしました!」
僕たちは店に響く声で謝り、マリーナはローブを羽織って、颯爽と店を後にする彼を追った。
「ルセウスさん……! 本当にごめんなさい!」
「まあ食事の件は残念だが……手段はどうあれ、お前は仲間を助けたんだ。前向きに考えればいいんじゃないか?」
言われてみればそうだが……やはり人を殴ったというのは良くないことだ……。
「怖かった。でも何より、エルフの皆を侮辱された気がして……君がああしてくれなかったら私、魔法を使ってたかもしれない。アンリ、ありがとう。私を止めてくれて」
マリーナが僕の手を握る。
当人に言われ、少し心が軽くなった。
単純だな、僕は。
「じゃ、直接行くか……旅先の村で買うこともできるだろうが、何か買っておきたいものはあるか?」
僕たちは首を横に振る。
「出発だ」
ふわりと体が浮き上がる。風魔法だ。
さよならマライスカ。しばらく……下手すればもう二度と来ることはない。
僕たちは風になって空を駆けた。
しばらくして、タガ村が見えてきた。風の速度が落ちる。
「埋葬に行くか」
広場の、少し手前に着地した。血はもう既に乾き、黒いシミになっている。
ルセウスさんが手を振るうと、風が舞い起こった。
遠くてよく見えないが、何かが浮き上がる。それは恐らく……死体だ。
そして風の斬撃が石畳に加えられ、剥がれてその下の土があらわになる。それを繰り返すと、全員を埋められる程の穴ができたようだ。
静かに、静かに死体が下ろされる。そして土が風で被せられた。
「ありがとうございます、ルセウスさん……」
「手でも合わせに行くか」
スタスタと歩き出した彼の後を行った。
「どうこう言っても仕方ないが……救えた命なのにな……」
しゃがみ込み手を合わせる彼が呟いた。同じようにしながら僕は思う。
どうして魔物がここに来たのか。それは恐らく、魔力を取り戻すきっかけとなりうる人物が、この近くにあるイーウェス村にいるからだ。
その人物がもし本当に僕の魔力を持っているのだとしたら、殺せば魔力は僕に帰属する。
メルラスはそれを避けつつ、僕たちを始末するつもりだったんだ。
この人たちの無念のためにも……これからもっとたくさんの命を救うためにも、なんとしてでもその人に会わなければいけない。
「行こうか、イーウェス村へ」
ルセウスさんが立ち上がって言った。
マリーナの顔色が優れないのは、タガ村の末路にエルフ族を重ねているからだろう。
僕のためにも、彼女のためにもなるべく早くここを離れたい。
僕は彼の目を見てしっかりと頷いた。




