局長とその部下たち
「持ってきた……ってお前ら……」
振り返ると、両腕に魔具を抱えたリンさんが立っていた。
さっきまでと同じはずの彼の鋭い目が、少し冷ややかになったように感じる。
この空気は……まずい。
「あっ……! 待ってリン、そういうんじゃ……」
「お前が年頃なのは分かるが、場所は選ぶんだぞ」
彼女が慌てたように僕から離れ、両手のひらを彼に向けながら弁解している。その頬は赤く染まっていた。
「ロイ、お前もだ」
「本当に勘違いですっ……!」
多分、僕の頬もマリーナと同じ色をしている。多分。
「まあいい。これらがその魔具だ」
彼は四つの錆びた魔具を床に置いた。
「長剣、短剣、弓、そしてこれは……?」
謎の筒がある。こんな武器見たことがないが……。
「それはよく分からない。だが魔具の可能性もある、念の為だ」
「ねえ、弓って錆びる? 大体は木製だよね」
マリーナが問う。
「そもそもそれが錆じゃないのかもしれないな」
リンさんが答えた。確かに、魔法によって生まれた物質なのかもしれない。
「それが魔法だとして、誰がなんのために……」
僕の口から声が漏れた。
「……じゃあ、早速やるよ〜」
マリーナが並べられた左から手を触れていく。その順番通りに、魔具が雷に包まれて、光が迸った。
「はい、ありがとう。厳重にしまっておいてね」
「盗むやつはいないだろう。この俺の所有物を盗む奴は相当な命知らずだけだ」
確かに、ルセウスさんはリンさんのことを国一の剣豪と称していた。ならば安心だ。
「色々ありがとうございます、リンさん──」
「敬語は使うな。リンでいい。それに、俺は落とし物を持ち主に返しただけだからな……お礼を言われる筋合いはない」
やはりこの人……リンがルセウスさんの兄弟なのだと実感する。ルセウスさんにもいつか、かしこまらなくても良いと言われるのかもしれない。
リンの背後、扉が慌ただしく開いた。
「帰ったぞ……って、リン」
「おかえり、グリッド! どうだった?」
ルセウスさんだ。マリーナが笑顔で言った言葉にも反応しない。その顔は、ほんの短い時間しか経っていないにも関わらず、ひどくやつれていた。
「やっぱりあいつら……嫌いだぜ」
そう言って彼はふらふらと歩き、ふかふかの横長椅子へ倒れ込んだ。
「お前のせいでタガ村の被害がーとか、局長のこと便利屋だと思ってんのか!? 国王様は」
初めて見るルセウスさんの……素の姿か? これは。しかしやはり局長にもなると、上からの圧や部下たちの育成で忙しいんだろうな……。
「あっ、でも言ってきた。魔物のことと、王国を出るってことを」
「これで一段落したね……」
マリーナが苦笑いを浮かべながら言った。
「グリッドが王国を出る……? 聞いてないぞ」
リンが少し怒ったような調子で言った。聞かされていなかったとなれば、そうなるのも仕方ないかもしれない。
というか、そんな大事なことを言っていなかったのか……? 『風の便り』もあるのに。
「あっ、忘れてた。リン、頼んでいいか?」
「全く……分かった。だが任される身にもなれ」
リンは頭をかいて困ったように承諾した。
「じゃあ、いつ行きますか? 僕は今すぐでも」
「私も大丈夫。後はグリッド次第だよ」
「じゃあ昼飯を食べていくか。近くにうまい飯屋が……」
彼がそう言い終わらないうちに、ドタドタと階段を駆け上がる音がして、扉が勢いよく開いた。
近くにいたリンにぶつかって、跳ね返ったところを扉の向こうの人がまた勢いよく開けたせいでリンは二度も鼻を打った。
「痛い」
「局長が王国を出るって本当ですか!? 仕事はどうするんですか!」
青い髪の女性を先頭に、大勢の人が入ってくる。彼らはここで働く人たちのようだ。
「本当だ。詳しいことはリンから……」
「局長! もっと責任持ってくださいよ〜! もしあなたが仕事のできない人だったら今頃路上生活ですよ!? 部屋もこんなに散らかして……! サボりもいい加減に……」
「そうですよ局長!」
青髪の女性が詰め寄った。彼女率いる人たちも同調する。ルセウスさんは後ろめたいのか、顔を逸らした。その頬を冷や汗のようなものが伝う。
それより……今の話を聞く限り、彼はサボり魔なのか? タガ村での発言も相まって、てっきり真面目な人かと……。
「ラキア、落ち着け。話は俺がする」
リンが軽く手を上げ言った。青髪の女性はラキアさんというようだ。
全員の集中が彼に集まる。
「その前に……二度も扉を俺の顔に打ち付けたことに対する謝罪を要求したいのだが」
ラキアさんは腰を直角に曲げた。
リンが話し終えると……彼ら全員が表情を変えた。
「きょくちょぉ……そんな理由があったなんてぇ……ごめんなさいぃ……」
ラキアさんなどもはや涙を流して謝罪している。感情の起伏が激しい人だな……。良く言えば素直、悪く言えば単純だ。
「いいんだ。俺はこの二人と共に、王国を救うため旅に出る! 俺が帰ってくるその日まで局のことは頼んだぞ」
「はい! 局長!!」
部下たち全員が姿勢を正し、口を揃えて言った。……信頼されているんだな、彼は。
というか、怪我のことは伝えなくていいのか?
無駄な心配を与えたくないという心遣いだろうか……。
「これまで俺がやってきた仕事はリンとラキアで分担してくれ。それほど量も多くないはずだが……慣れないことがあるかもしれない。その時はみんなで支援をするんだ。ここにいない奴らにもよろしくな」
彼はそう言って扉に歩みを進めた。僕たちもその後を行く。
部下たちが避け、左右からの視線を浴びながら歩いた。
部屋を出たその時。
「局長!」
ラキアさんの声がして僕たちは振り返った。
「……生きてくださいね。そしてお二人、局長をよろしくお願いします」
「はい!」
僕は返事をして、マリーナは微笑みを返し、ルセウスさんは軽く手を上げた。
僕たちは、僕の魔力喪失と関係があるかもしれないイーウェス村に寄って、北を目指す。
遥かなる旅路の果て、メルラス=ファイラに魔法を食らわせてやるために。
やっと旅に出られます。




