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大賢者の魔法喪失  作者: 夜見風花
魔物たちとの邂逅編
25/33

『閃光』

手に持つ、さっきまで錆びていたはずの短剣が──煌めきを取り戻した……! これは……これはまるで……。



「わぁ、すごい。リンのと同じだね……」



 マリーナが僕の肩越しに覗き込んで言う。耳に触れる髪がくすぐったいが、今は驚きの方が勝っている。



「抜いてみろ。何かが起こるはずだ」


 

 左手に鞘を、右手に柄を持ち、僕は短剣を引き抜いた。金属同士の摩擦で、バチバチと火花が弾ける。


 

 ──その刀身は、燃えていた。



「リンさん……これは一体……」


「分からない、今はまだ何も。分かっているのは──」



 彼は僕の前を横切り、『雲水』を棚に置いた。



「これらの武具が、遥か昔の誰かから、現代の無魔力者への贈り物だということだけだ」



 無魔力者……でも魔力を持たない人間などいないのでは? さっき彼が触れたときの魔光石も青く輝いていた。その旨を尋ねる。



「魔才がないから、魔法が使えない。そんな俺のような人を揶揄して無魔力者と呼ぶ。古くから差別される対象だ……分かるだろう、マリーナ」



 振り返ると彼女は、真剣な眼差しで頷いている。やはりエルフ族のことが絡むと、性格が変わるな……。



「もちろんその通り、魔力のない人間などいない。だからこれらは、魔才のない者のみが扱える、そういう類の物だと思っていた。ロイ、お前がそれに触れるまでは」



 彼が指を差す先には、僕の持つ着火した短剣があった。思えば、流石に炎が熱い。僕がそれを再び鞘に戻すと、不思議と炎は消えた。



「お前……魔力がない故に魔法が使えないのだろう? 小耳に挟んだ。つまりこれは、魔才や魔力の有無関係なく、魔法の扱えない人たちの武器ってことだ」



 魔法が使えないものへの救済措置……まるでそんな風に感じる。



「しかし俺がそれに触れても炎は出ない。つまりこれらの武具は持ち主を選ぶということだ。その短剣はお前を選んだ……さあ、名前を」



 名前をつける……! そんなの……恥ずかしい。そう思ったはずだった。



「閃光……」



 口を出たのは、思いもよらぬ言葉。頭の片隅にもなかった、『閃光』の文字で、頭が埋め尽くされていく。


 考えるより先に出たその言葉への驚きが顔に出ていたのか、リンさんは笑って言った。



「分かるぞ、無意識に口を出たんだろ? それがその剣の名前。本当の持ち主に、この名前で呼んでくれって『閃光』が頼んだんだ。『雲水』もそうだった」



 この世に存在するとは……このような意思を持つ武器が。



「そしてこれらの武器は、無魔力者が魔法を扱う触媒となる。『雲水』は表面が濡れ、『閃光』は刀身が燃え……。お前らは旅に出ると聞いた。いくつかある魔具を、持っていって本当の持ち主を見つけてくれないか」



 それは……ちょっと荷が重いような気がする。このような珍しい武器を紛失或いは破壊されてしまったら、責任が取れない。



「でも、もし盗まれたり壊されたりしたら──」


「私に任せて」



 マリーナが言った。窓の覆いを外し、光が部屋に差し込む。彼女が魔光石を机に置くと、その発光は止んだ。



「この魔法で……ほら!」



 そう言ったマリーナの手元に、稲光と共に弓が現れた……! 以前何度か使っていた魔法だが、その仕組みを聞いたことはない。



「弓ってかさばるから、持ち歩くのが難しいんだよね。でもこの『雷引き』なら、一度触れた物を手元に持ってくることができるの。もちろん、その逆も。」



 不思議な魔法だ。『風の便り』といい、二人は攻撃だけじゃない、実用性も鑑みた魔法を研究しているのか。そんなこと考えたこともなかったな……炎は何かに応用できるのだろうか?



「だから、魔具はリンの目の届く場所に置いたままで大丈夫。魔法が使えない人に出会ったら、そこから取って触ってもらうから。帰ってこなかったら、持ち主がいたってことね」


「なるほど。便利な魔法だな……よろしく頼む」



 彼女は得意気に笑っている。



「今ある魔具を持ってきて。一度触らないと『雷引き』は使えないんだ」


 

 リンさんは頷いて、部屋を後にした。足音が遠ざかる。



「それにしても、すごいね。ただでさえ強いのに、こんな便利な魔法まで……」


「アンリ、さっきのエルフ族の話……忘れないでね」


 

 彼女の声が僕の声を遮る。



「あの話を知っているのは、グリッドと君だけ。君にこれまで話さなかったのは……多分私の弱い部分を知られたくなかった、からだと思う」



 さっきのマリーナと別人のようだ。つい少し前までは、大人に褒められた子供のように、無邪気に笑っていたのに。

 

 不意に、彼女が近づいた。その柔らかく白い肌に包まれた右手が僕の頬に触れ、右耳上の髪を撫でる。

 顔が……近い……!



「それほどアンリが……きっと私にとって……」



 静かに呟く声が、僕たち以外誰もいない局長室に、ほんの微かに響いた。

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