独白
今回からアンリ視点です。
行ったり来たりですみません。
「この赤いのが……魔核か」
ルセウスさんが呟く。恐らくそうだろう……しかし赤いのは初めて見た。僕の炎の性質上、魔核ごと灰にしてしまうことが少なくないのもあるかもしれないが。
「ところで、お前は『灰にしてやっても蘇る』っていってたよな? どうしてこれ以上再生しないと思ったんだ?」
「あのときとどめを刺したのは、対象を灰にするまで消えない僕の炎魔法でしたが、今回は風魔法を受けたにも関わらず灰になったからです」
「なるほど……」
彼は納得したように頷き、再び目線を魔核に戻した。
「全身に炎を浴びたのに魔核に損傷がないというのもおかしな話ですが、そこは何かの魔法があるのかもしれません」
彼が不意に、視線の先にある宝石を拾い上げる。魔核の燃えるような深紅が、少しずつくすんでいくのが見えた。
「……っ! 『魔力探知』」
彼が詠唱する。ルセウスさんは魔法の使用で中断されない限り、一日中王国周辺の魔力を探知できると聞いたことがある。その範囲と持続時間は優れすぎて、他の誰にも真似することができないが……どうして今……?
その疑問に答えるようにルセウスさんが口を開く。
「魔核にはそのモンスターの魔力が宿り、砕くことで対象に継承される。この魔核には傷一つ付いていないのに魔力が抜けていった、俺の『魔力探知』の範囲を超えて。その先には」
魔物の魔力が流れていくその先……まさか……!
「メルラスがいる……!」
僕たちの声が重なる。メルラスは与えた魔力を、魔物の死後回収しているのか……!
「そしてその方角はここから見てやや北西、マライスカから見て……」
かつて生命を持っていた灰が風に流されて飛んでゆく。……この空間は無風のはずなのに……!
それは霧散するでもなく、ただ一直線に向かっているように見えた。まるで明確な意志を持つ不可視の何かに運ばれるように。彼はそのことにも動じず、はっきりとした口調で言う。
「真北。山脈を超えた遥か北の果てだ」
全身が得も言われぬ感覚に包まれる。それは複雑な思いであったが、最も近い物を挙げるとするならば、喜び。
あの屈辱を与えられた日が報われる。まずこの魔力喪失を治療し、それからマライスカの北へ向かえば必ず辿り着く。視界に入る僕の右手が、武者震いに揺れている。
「ルセウスさん! 魔法喪失を治してすぐにそこへ……!」
「アンリ、気持ちは分かるが落ち着け。とりあえずマリーナと合流して、王に報告をしに行くぞ。……その後に彼らの弔いだ」
彼が色を無くした、かつて魔核だったものを握り締めて視線を落とす。
──興奮で忘れていた。突然血の匂いがツンと鼻を突き、視界の殆どを死体とその血液の赤が占めていることを思い出す。
僕たちは今、村人たちの血溜まりの中にいるんだ。
……いくら魔物との戦闘があったからとはいえ、こんな冒涜的な行為の自覚がなかった自分に嫌気が差す。しかしそれ以前に……
「……王への報告が先なんですか」
僕は、彼らの血に塗れた苦痛の表情を放って置いたまま、この村を後にする気にはなれなかった。
「ああ。これから魔物はさらに蔓延するだろう。今にでも王国に現れるかもしれない。被害を最小限まで抑えるようにするために、直ちに報告することが必要だ」
「……」
納得せざるを得ない返事に言い返せなくなる。王への報告を優先するというだけで過剰反応する自分が、理由も分からずに王族を嫌っている自分が情けない。結局いつも自己中心的になってしまう。
彼は歩き出した。マリーナは今、この村唯一の生き残りで、保護できた少女と一緒にいる。その場所は伝えていないのに、彼はその方向へ向かって行った。恐らく『魔力探知』だろう。
僕もその後を追う。彼の足は急いでいるようで、少し速かった。
「……勘違いするなよ。俺だって王族は嫌いだ。大したこともせずに権力だけを持ち、安全圏で好き勝手に国民を操る人の形をした屑の掃き溜めだと思っている」
……歩きながら、彼は突然言った。少し衝撃を受ける内容だ、てっきり王に忠誠を誓った人なのかと思っていたが。しかしマリーナもそうだが、大賢者は皆心が読めるかのようだ。
彼の場合はあの先程使っていた脳内会話の魔法かもしれないが。僕には、彼の思考は聞こえない。何か詳しく調節、操作ができるのか?
彼は続けて話す。
「俺が今行くのは奴らのためじゃない。俺はただ、リンと部下……身近にいる大切な人たちを守りたいだけだ。その他は正直どうでもいい」
やはり彼は……複雑そうに見えて単純な性格をしている。思いを着飾らず、それが人によっては無骨で不器用に見られることもある、かもしれない。
しかし魔法局長でありながら、大賢者という普通の人間なら権力に溺れてしまいそうな状況の中で、彼の今語っているその想いだけは決してブレないのだろう。
「ただ、見て見ぬふりをするのも、できる限りの努力をしないのも性に合わない。それで寝付きが悪くなるのは嫌だから、届く範囲の物は救う」
不意に彼が立ち止まる。
「お前も、マリーナも……誰も彼もがそうだろ?」
そう言って振り返ったルセウスさんの目は、何故かやけに寂しそうに見えた。