鮮血の広場③
前回に続きグリッド視点です。
──射程内。手のひらを眼前の魔物に向けた。
「爆は──なっ……!」
『爆発』の詠唱をしようとした奴は、地面に倒れ込んだ。その四肢が細切れになっていく、再生も追いつかないほどの速度で。
……できればやりたくなかった。拷問にも近いこの魔法を、子供の姿をした物に使うことはしたくなかったが、やむを得まい。倫理観など気にしている場合ではないほど、強大な相手だ。
「まずい……!」
眼前にいる魔物の四肢の断面から溢れる血が、足元にあった住民たちの血の水溜りに落ちて音をたてる。
「何がまずいんだ? 教えてくれよ」
俺は風魔法の範囲を少しずつ体の中心部へ広げていっていた。奴らの弱点を探るためだ。際限のない再生など、ある訳が無い。どこかにある魔力の根源……『魔核』さえ破壊すれば、もう魔法を使うことも、再生もできなくなるはずだ。
大抵の強力なモンスターは、再生はできないにしても『魔核』を胸部、あるいは頭部に持っている。
その二択を一発で当てなければ魔物にこちらが殺される状況で、風魔法の切断による実質的な拘束ができたのは良かった。
風魔法の範囲が肩まで広がった。
……少しずつ。少しずつ、奴の表情が切羽詰まった物になりつつある。それは魔核の破壊が間近に迫っているということを表していた。
「いやだ……また死ぬのはいやだ! 二度もこんな人間共に……!」
また死ぬのは嫌だ。この発言、どういう意味だ……? そのまま受け取れば、こいつは死後何者かに……蘇生されたということだ。そんなこと、あり得るはずがない。
──喪われた命が蘇るなんて。
その瞬間、魔物の四肢が。急速に再生した。解れた糸がピンと張るように、細切れだった腕が、足の欠片が集まって、元の姿を形作っていく。
気が緩んで風魔法の速度が落ちたか……? いや、違う。機会を狙っていたんだ。痛みに耐えながら、あの発言で俺が動揺するこの瞬間を……!
魔物が爆発の推進力で一気に距離を詰め、俺の前に右手を振りかぶって立つ。俺の風魔法は未だその背後で虚空を切り裂いている。
爆発を放とうと構えるその顔に以前のような余裕はなく、恐怖に満ちていた。
身を守らなければ。攻撃か、防御か。それとも再び距離を取るか? 距離を取ったところでまたこの展開に持ち込める自信はない──それは防御して吹き飛ばされた場合も同様か……。
攻撃するしかない。間に合うか……!?
思いを巡らせた刹那、視界の端から稲妻を纏った赤髪の誰かが、凄まじい速度で迫ってくるのが見えた────。
『爆発!』
…………爆発の炎に包まれたのは、俺ではなく魔物だった。
「ルセウスさん、頭じゃない」
「──アンリ……!」
眼前には、右手で魔物の頭部を爆発に包むアンリがいた。
その言葉でハッとする。『魔核』は胸部か……!
『疾風』
俺は焼け焦げた頭部の下にあるその胸に、風穴を開ける。その穴が一瞬、不思議ときらめいて見えた。
「お前らは……卑怯だ……いつ、だって…………」
魔物が胸を押さえ、倒れ込みながら息も絶え絶えに呟いている。その体は徐々に色を失い、無機質な灰へと変わりつつあった。
「死にたくない……死にたく……」
……灰になった。風が吹き、少しずつそれを散らし、どこかへ運ぼうとする。血溜まりの上にも関わらず、不思議と灰は濡れていないようだ。
「まさかアンリ、これ以上再生は……」
「分かりません。しかし油断はできない。念の為灰が散らないよう、この空間を無風にしてください。」
魔素を風へと変化させ、停滞させた。吹き付ける風が空中に固定された風魔法にぶつかり、流れていく。
そして……眼下、灰の山の頂点には、握り拳ほどの輝く宝石がある。恐らく魔核だと思われるそれは、俺の人生で初めて見る深紅のものだった。