鮮血の広場②
前回に続きグリッド視点です。
しかしこんなに呆気ないものか? ……そんなはずはない。アンリとマリーナがあれほど恐れる敵だ、警戒は解かずに置かねば。右手に風が渦巻く。爆発の範囲外、しかし風魔法の射程内の距離を保って……
──動いた。
切断された右手のひらがこちらを向く。魔物が首を動かしたそこからは、ニヤリとした笑みが見えた。
……まずい! 魔法が来る──!
『爆発』
そう思ったのも束の間、一面は『爆発』によって生じた煙が立ちこめ、何も見えなくなる。ギリギリ爆発の射程範囲には入らなかったか……。俺が風魔法でその煙を払うとそこには、無傷の魔物が立っていた。
「なっ……!」
「驚いた? 君らみたいな下等人種じゃできないよね……こんな『再生』は」
そう言って、少年の形をした魔物は手に付いた血を舐めた。
こいつらはやはり不死身なのか……? アンリの報告どおりだ。炎で灰にしてやっても、再び形を成して立ち上がるその不死性。なにか弱点は……。
瞬間、視界から魔物が消える。またもや煙が立ち込めているのを見るに、爆発による推進力を利用した移動だろう。
恐らく奴が今いるのは、対人戦において、虚をつける最も有利な場所……俺の背後だ。また爆発が来る前に距離を取らなければ……!
俺は風魔法であえてその中へ直進した。視界の不明瞭な場所なら、条件は五分だ。背後からの攻撃を避け、風魔法で一気に煙を飛ばし、再び仕切り直しに持ち込む。
しかし煙を風で払ったそこには……構えを取る魔物がいた。
「飛んで火に入る何とやら、ってね。『爆発』」
……ッ! 視界が炎に染まり、凄まじい爆発の衝撃を受けた俺は、後方に吹き飛ばされて瓦礫に突撃した。
…………鈍い痛みが全身を襲う。咄嗟の判断で頭を庇った、防御魔法で覆われた右腕が熱い。ローブをめくると、その皮膚は焼け爛れ、微かな炎が少しずつ肉を溶かしていた。内側に着ていた、正装の布は既に燃え尽きてしまったようだ。
「ふっ、ははは」
笑みがこぼれてくる。痛みを感じたのは……これ程の鋭い痛みを感じたのはいつぶりだろう。
局長になってから、死の瀬戸際の高揚感を感じることがなかった。命のやり取りをする楽しさ、失うかもしれないという恐怖、強くなることで高まる自信、そして相手に打ち勝ったときの達成感。
戦場にしか咲かない花を探すのをずっと忘れていた。しかし今はあくまで冷静に行こう。幼い頃は衝動に身を任せたことで何度も失敗した。
「あれ? ローブは燃えないんだね。それよりなんで無傷なのかなぁ……。もしかしてそれが防御魔法ってやつ?」
無傷なんかじゃない。攻撃を受けたことにより芽生えた、奴への恐怖は次第に脳を侵食し、右腕はローブにふれるたび鋭く痛む。恐らくこの右腕は……。……戦闘中に『魔力探知』を怠ったツケか。油断していた。
「このローブは魔素変化による影響を受けない。だからこそ価値があり、俺たちのような者に託されるんだ」
そうだ、この魔物に分からせてやる。俺たちの力と、その誇りを以てその余裕面を切り刻み、メルラスへの反撃の狼煙を上げる。
立ち上がって、正面にいる奴を見据えた。
再び攻撃を貰えば負けだ。負傷したこの体では次の爆発に対応できない。しかも俺の魔法で防御しきれない威力……恐らく何らかの『呪い』が込められている。奴の発言によれば無意識の物であるようだが……。
近づけば爆発を貰う。しかし、近づかなければ奴を切り刻めない。
数歩歩く。魔物が顔に浮かべた笑みが見える。風魔法の射程範囲まで、あと数秒。