鮮血の広場①
途中からグリッド視点です。
ルセウスさんが窓から局を抜け出し、空へと舞い上がる。そして彼に吸い寄せられるように、僕とマリーナも宙へ浮いた。
「タガ村の方向はあっちだ。……気分が悪くなったら言えよ」
──瞬間、突風吹き付ける。僕たちは風に乗って空を駆けた。風者の風の何倍も早い、長距離を移動することに特化した風、それが彼の魔法の特徴なのか。
「やっぱり障害物がない分、『身体強化』よりも便利だよね」
マリーナが笑顔で言う。ルセウスさんも満足気だ。眼下には、僕たちを見て指を差したり、驚いたりする人々の姿が見える。僕たちはもうすぐ王国を抜ける、城壁の遥か上空から。
「そういえば、王国内の魔法使用許可、王国の外出許可って取らなくて良いんですか?」
僕の質問に彼は答えた。
「俺は局長だからな。後からどうにでもできる」
「それ、職権乱用だよ〜」
マリーナが茶々を入れて笑う。ルセウスさんと合流してから少し気が緩んだみたいだ。二人は元来、どんな関係なんだろう。そういえばマリーナの幼少期の話はほとんど聞いたことがないな……。
「後少しで到着する。村の手前で着地し、そこからは歩くから用意しとけよ」
何故早めに着地するのか。彼はその理由を語らなかったが、僕たちには分かっていた。
敵が手練であれば、常に範囲内の魔素を感知しているかもしれない。となると、魔素がルセウスさんの魔力によって風になったこと、すなわち僕たちが近づいていることを悟られ、逃げられる可能性がある。被害の拡大を最小限にするための行動だ。
もっとも、敵が大賢者に相当する魔法使いであったとしたら、体内の魔力を探知されてしまい、この行動も無駄となるのだが。言っても仕方ない、出来ることをやるだけだ。
『風止み』
彼がそう唱えると風が静かに止み、僕たちは自由落下し始めた。まずい、結構地面まで距離がある──……というのは杞憂に終わった。彼の風魔法のおかげか、着地寸前に停止寸前まで減速したのだった。これまでに観測されたモンスターの、最大魔素感知範囲の少し手前に降りたようだ。
「『身体強化』は使わない。走るぞ」
そう言って彼は駆け出し、マリーナもその後を追った。……置いていかれる……!
結局息も絶え絶えになった僕は、彼らが先に村へ入った少し後くらいに到着した。既に二人は敵を探している。村から出ていく者が誰もいないということは、敵はまだこちらに気付いていないのだろう。急がなければ。
近づいてみると、離れた場所からは分からなかったが中心部に行くにつれ、灰と化した家が散見される。……被害者が少ないと良いのだが。
──突然、脳内に言葉が響く。
「村中央の広場には近づくな。魔物と思われる奴がいる」
ルセウスさんの声だった。耳で聞き取るのとは違う、奇妙なこの感覚に動揺を感じる。何かの魔法だろうか……?
しかしどうして近づいてはいけないんだ? もし本当に魔物だとしたら、全員で殺すべきでは──
「俺にも少し良い所見せさせてくれよ、アンリ。お前たちは生存者を探せ。分かったな?」
……しょうがないな。彼を信じるとしよう。どうやってかは分からないが、心の中で思ったことがお互いに聞こえているようだ。きっと彼の『創造魔法』だろう。
とりあえずマリーナと合流するか。ちょっと彼の戦い方が気になるが……次の機会としよう。
* * *
広場の真ん中。赤黒い液体──恐らく血液で一面染められたそこには、無数の死体が転がっていた。鼻をツンとつく、血なまぐさい臭い、そしてあまりに非日常的な眼前の光景。
いつぶりか分からない、吐き気に襲われた。平和ボケだな、これは。アンリにあんなことを行った手前、怖気づいてはいられない。
登り来る胃液を飲み込み、注視した朱の中には、こちらに背を向けて、死体を弄ぶ少年の姿があった。幼く、無邪気な見た目には相応しくない行為が、その異常性を示している。
「おい坊主、そこで何をしているんだ」
俯いていた少年が俺の呼びかけにゆっくりと頭を上げる。無表情で退屈そうだった奴の顔は、俺を見た途端笑みに溢れた。
「あ、お母さんが言っていた人だ!」
少年……いや、魔物は弄んでいた死体を投げ捨て、新しい玩具を見つけたかのように、はしゃいだ高い声で言った。
「まさか一人なの? ……そんなはずないよねぇ……どこかに隠しているのかな? 一人でこの僕を殺して格好つけるつもり?」
見た目は人間と変わらない。来ている服も、その声も。何も知らなければ、子供だ。
ただその頭には、今まで見たこともないほど鮮やかな赤髪が、炎のように揺らめいていた。
「お前が……『魔物』なのか?」
「そうだよ。あの方の魔力を授かり生を受けた、選ばれし者たち。僕たちは、君たちの言う『魔物』の中でもトップクラスの存在さ」
選ばれし者……たち。複数人いるのか。存在を気づかれた時点で魔力探知を再開したが……こいつのそれはかなり禍々しい。近くにいるだけで、体から漏れ出す魔力に気圧されてしまう。これがアンリの言っていた『瘴気』か……。
「俺たちはお前らを放置しておくわけにはいかない。……殺すつもりで攻撃するぞ」
「はっ、馬鹿正直だなぁ。そんなだから人間は……」
眼の前の少年が倒れる。宙を舞う奴の腕、そして倒れ込む上半身の後ろに残された足。悍ましいほどに赤い血液がその断面から溢れ、村人たちの血液と混じっていく。
「『風断ち』……警告はしたからな」
ピクリともしない魔物を見下ろしながら呟き、俺は『魔力探知』を解除した。