出発
「昨日に続き、呼び出して悪いな」
「それで、何の用なの?」
マリーナが単刀直入に切り出した。
「魔法局から、お前ら二人に依頼だ。──先程、タガ村に魔物が出現したとの報告があった。そいつを捕獲してほしい」
魔物が……出現した……!
「お言葉ですが、もしそれが本当に魔物なのだとしたら、捕獲など不可能です。殺すことすら──」
僕の意見はルセウスさんの声に掻き消された。
「おい、マライスカを代表する大賢者ともあろう男が、やる前から諦めてどうするんだ? 腕を信用できるのがお前らしかいないんだ。頼む」
なんか、上手く言いくるめられているような……。これが局長としての彼の姿なのだろうか。そもそも彼は魔物に相対したことがないから危険性を把握できていないはずなのに……。
そんな思いを代弁するように、マリーナは言った。
「……大賢者は三人……。私達の他に、もう一人いるよね。君のことだよ。グリッド、君は行かないの?」
瞬間、しばし静寂が流れる。彼の鋭い眼光が僕たちの胸を貫き、場が張り詰めた。何か今の発言はまずかったのだろうか……?
「行くに決まってるだろ。アンリの言うことを信じるなら、俺も状況を把握しておく必要がある」
──心強い。彼とマリーナが揃えばこの世に怖いものはないだろう。それに比べて僕は……。
「今回の依頼、僕は断らせていただけますか? 僕がいても二人の足手まといにしか……」
「だめ!」
「駄目だ」
二人は口を揃えて言った。そして、彼が先に口を開いた。
「今回の依頼……というか、任務は二段階になっている。まずタガ村の魔物を捕獲して俺は王国に帰り、そこからはお前たちだけで、付近のイーウェス村へ向かう、こんな順序だ」
どうしてイーウェス村に行くんだ? 何か魔物と関係があるのか? その疑問に答えるように、彼は続けた。
「ここで、なぜイーウェス村に、という疑問が生まれるだろう。時にアンリ、お前は『イーウェス村の天才』のことを聞いたか?」
僕とマリーナは顔を見合わせた。『イーウェス村の天才』なんて、聞いたこともない。その反応を見た彼は、続けて言った。
「ある男のことだ。一般的な魔力しか持っていなかったはずのそいつは、昨日莫大な魔力に目覚めたという」
魔力の後天的な覚醒……?
「その男の事は瞬く間に王国中に広まり、今や『四人目の大賢者に最も近い男』とも呼ばれている。実際その魔力は俺も感知した」
そんなことが……あり得るのか? 僕の頭にまず浮かんだのは訝りだった。眉唾物の話に思える。
「そして、俺の『魔力探知』によれば、アンリ、お前とイーウェス村のある一点は魔力の管のようなもので繋がっているんだ」
……って、今、それより大切なことを言わなかったか?
「えっ……?」
もしやそこが……僕の体から放出され続ける魔力の向かう先か……!
昨日。僕が魔力を失った日、別のどこかで莫大な魔力を持つ者が生まれた。何か……何か、関係があるように思えて仕方がない。
「ああ。お前の言わんとする事は分かる。イーウェス村へ向かい、その男に会うそのために、お前たちを招集したんだ。きっと何か手がかりが掴めるはずだと思っている」
彼は僕たちを見据え言った。
「今から出発だ。いいな?」
僕たちが静かに頷いた、その瞬間。
「グリッド、局を空けるのか? ……留守の間は任せておけ」
背後から男の声が聞こえた。マリーナが瞬時に振り返り、その手には雷が迸り、目は見開かれている。
「リン! 二人に失礼だ、しっかり挨拶をしろ」
グリッドにリンと呼ばれるその男は、落ち着いて僕たちに礼をした。
細身の長身で、顔立ちもグリッドとよく似ている。左眼に眼帯をしていることと、髪が括られた白髪であること以外は。
「……なんだぁ、リンか。ごめんね、最近気を張り詰めることがが多くてさ」
マリーナがそう言って臨戦態勢を解き、困ったような笑顔で言った。この男と、以前から親交があったのだろうか。
そういえば、ルセウスさんはともかく、マリーナはどうして僕が依頼を断ろうとするのを強く止めたのだろう? ……考えても仕方ないか、後で本人に聞こう。
「……なにはともあれ、行くぞ。リン、あとは頼んだ」
そう言いながら黒のローブを翻し、彼は人一人が通れるほどの大きさである、窓を開けた。
「もしかして……そこからですか?」
局長室は魔法局の最上階にあり、城壁内の町並みが窓からは見えた。わざわざここから降りる必要はあるだろうか? 怪我をするかもしれない。
尋ねた僕に窓の外から風が吹き付ける。
「忘れたのか? 俺は『風の大賢者』だぞ。……着いてこい」
……風は窓の外からの物ではなかったようだ。