【番外編】マルルの記憶
間違えて同じ話を掲載していました、すみません!
今回は番外編です。
優秀な姉だった。私とは似ても似つかないほどに。
エルフ族は魔力に乏しい。魔法が全ての世界で生きるには、あまりにも不便で……私たちは森の中で狩りを生業として暮らしていた。
しかし姉は違った。エルフに生まれながら、魔法が得意で……みんなも姉が大好きで、私の憧れだった。
ある日私の姉が、魔法を発明した。雷魔法と弓矢を合わせた物らしく、みんな感心していた。雷の性質を矢に纏わせ、目にも見えない速さで矢を飛ばす魔法だった。
みんなの前で披露したとき、子どもたちが目を輝かせていたのが印象に残っている。私もきっとその中にいたのだろう。
それから姉は次第に魔法にのめり込み、父と王国に行っては魔法の本を買ってきて、熱心に練習するようになった。
それは得意な雷魔法から始まり、防御魔法や身体強化魔法など、姉の魔法は凄まじい速さで成長していった。魔法の練習は欠かさず、しかし狩りにも参加して……。
ある日姉は、エルフ一の弓の名手になった。
ある日姉は、誰よりも大きな獲物を狩ってきた。
ある日姉は、『魔力譲渡』という魔法を発明した。
姉が魔法の練習をし始めてから、私が寝るとき隣のベッドはいつも空だった。姉はいつ寝ていたのだろう。
「大賢者になってもっとみんなの役に立ちたいんだ」
私たち家族に語ったその思いを結ぶため、姉は王国へと出かけていった、大賢者の称号を得るため。父や腕利きの大人たちがついて行くと申し出たが、姉はそれを断った。きっと、姉の戦闘能力に及ぶものは誰もいなかったからだろう。
「大賢者の承認には時間がかかるらしいから、明日に帰って来られないかもしれない。マルル、村のことは頼んだよ」
役立たずの私にそう言って、朝焼けに姉は発った。誰も心配する者はなく、お互い信頼し合っているのが伝わってきていた。
姉がいないその日も村は回り、黄昏を経て夜を迎えた。平和な日……これまでと同じ……姉がいなくても大丈夫。そう思っていた。
しかしその晩、『あれ』はやって来た。
里の見張りの鐘がけたたましく鳴る音と悲鳴で私は目を覚ました。
「フェンリルだ──ッ!!」
すでに家に両親は居ず、急いで外に出るとそこには巨大な狼がいた。
……違う。フェンリルじゃない。姉の図鑑で見たのはこんなものじゃなかった。こんなに……炎みたいに、真っ赤じゃなかった。
目の前で逃げ惑う人たちを軽く爪で薙ぎ払いながら私に近づいてくる。
その中には……私の母もいた。
「マルル! 逃げろ!」
父と里の精鋭たちが私の前に立って矢を放つ。足を射ても、目を潰してもその狼は一瞬でもとに戻っていく。逃げなくちゃ。私がぐずぐずしている間にも人が…でも怖くて動けない……!
「逃げろ! 早く!!」
その声に背中を押され、私は走り出した。後ろで父の断末魔が響く。
お父さん……!
振り返りたい気持ちを堪え、私はただ走り続けた。どこを目指すでも無く。私の他に生き残りはいるだろうか。あの状況では生存は絶望的だ。あの父も……母も…!…殺されてしまった。
あふれる涙を手で拭って、震える視界を抑えながら一心不乱に走った。後ろからはあの狼の気配や足音はしない。
みんなが…時間を稼いでくれたから……。
命を捨てて…私を逃がしてくれた。出来損ないの私のために……!
自己嫌悪と悲哀に包まれながら私は走り続けた。夜明けを目指して。
何日経っただろうか。
私はグライス村にたどり着き、村人にあの日の出来事を告げた。人々はひどく慌てた様子で、何人かが『身体強化』でどこかへ駆けていった。
村の人達は悲しみに打ちひしがれた私を慰めてくれて……次第に辛さも薄れていった。
しかしあの日のことも、里のみんなのことも忘れることは無い……!
そして数年をグライス村で過ごした私は……あの日の姉にも劣らない弓の名手となり……あちこちの集落を転々とし、人探しを始めた。
一度失ったものはもう戻らない。かけがえのない故郷も……大好きだった人たちも……。
だからせめて、これからは失わないように私は走り続ける。
あの日から、この命の雷が鳴らなくなるその日まで、ずっと……!
「私はマルル。大賢者のマリーナ・ヘラルを知らないか?」
今日もどこか遠くで、雷が降る。
これにて第一章完結です。読んでくださる皆様のおかげでここまで来ることができました。
次章、『魔物たちとの邂逅』もよろしくお願いします!
ここまで読んで面白かった方、続きが気になった方はブックマーク&評価をよろしくお願いします!