事後説明
「あー、何から話せばいいか……」
「初めから話してくれ。マリーナと再開した経緯から」
僕は今、魔法局長室でルセウスさんと対面している。意外にも散らかった部屋で、少し親近感が湧いた。マリーナはというと、泣き疲れたのかうつらうつらとしている。
「なんというか、数日前から魔法が使えなくなったんです」
「そうしたらマリーナが駆けつけてくれて……彼女によると、魔力の問題だと」
彼は頷きながら、真剣に話を聞いている。
「それで、マリーナの創造魔法……『魔力譲渡』を試してみました」
「無事魔法は使えたんですが、気が付くと僕は……別の場所に居たんです」
「……! そこからを詳しく聞きたい」
ルセウスさんの真剣さが増した。椅子に座りながらも、身を乗り出すのを必死に堪えているように見える。
彼もまた、好奇心に生きる者なのだろう。……気が合いそうだ。
「森の中、突然僕は襲われ、全身に熱を感じました。恐らくそれは……炎魔法。そして、転送されたんです。『謁見の間』に。」
「……『謁見の間』?」
「ああ、僕が勝手に言っているだけですけどね。王城の謁見の間に酷似したそこは、きらびやかなのに、とにかく暗く、重い雰囲気を漂わせていました」
「そして玉座には……女が、佇んでいたんです。その名は──メルラス・ファイラ。」
僕は、メルラスの外見的特徴、会話の中で感じた性格を話した。そして──その不死性も。
「奴は……メルラスは、近いうちにこの大陸を滅ぼす、そう言いました。多分、宣戦布告のために僕を呼んだのだと思います。」
「ちょっと待て。さっき魔法が使えないと……そう言ったよな? じゃあどうやって、不死かどうかを──」
「使えたんです。その時だけは。」
僕にも、よく分かっていない。身を蝕んでいくような、あの威圧感。
……恐らく……それに名前を付けるなら、『瘴気』を魔力に変換できたのだと……彼に伝えた。
「『瘴気』……魔力に変換……? 聞き慣れない言葉ばかりだな……。」
「……それも僕が勝手にそう呼んでいるだけです」
「ただ……その時だけは妙に調子が良かった。これまでの人生の中で、一番の絶好調でした。」
「その魔力で放った『炎弾』がメルラスを殺し、しかし奴は蘇った……そういうことか?」
「そうです。再び炎に包まれ、気づくと王国路上でマリーナに抱きしめられていました。」
「あと言い忘れていたのですが、僕を背後から襲った、魔法を使う赤いゴブリン……メルラスはそれを、『魔物』と呼んでいました。モンスターとは、似て非なるものです。」
「なるほどな……。詳しい説明に感謝する。」
彼は顎に手を当て、少し考え出した。
マリーナに目をやると、僕の肩に頭を乗せて眠っていた。……幼い子供のように、安心しきった様子で寝息を立てている。その髪も、ローブ越しに伝わる体温も、今は全てが愛おしい。
「うん……少し早いが、とりあえず今日はゆっくり休むといい。局を出て向かいの宿を取っておいた。名前を伝えれば宿泊できるはずだ。」
彼はそう言って、僕に目を向けた。素晴らしく気の利く人だ。尊敬する。外はもう夕焼けが燃えて、赤く照らされている。
「お気遣いに感謝します。それでは失礼しま──」
「おっと、その娘も連れて行ってくれよ。」
立ち上がろうとした僕に、ルセウスさんの人差し指が向けられる。
「宿までおぶっていけよ。重いなんて言ったら、失礼だぞ?」
彼はニヤニヤしながら冗談交じりに言った。
──この人、こういう一面もあるのか……! ただ真面目な人間というわけではなさそうだ。……それにしても、体力の乏しく、魔法も使えない僕に彼女をおぶっていくことができるだろうか。
そんな心配は、すぐに打ち消された。
僕が彼女を起こさないよう、そっと抱きかかえると、全く重量を感じない。それも、彼女が軽いというか、僕の力が強まっているような……。ルセウスさんに目を向けると、彼は口角を上げて親指を立てていた。
──彼が僕に『身体強化』をかけてくれたんだ! 彼の人柄の良さ、その気遣いに思わず笑みが溢れる。
「今日はありがとうございました! それでは失礼します!」
「ああ、さようなら」
僕は局長室を出て扉を閉めると、抱えていたマリーナを背中におぶった。彼女の手が僕の首に回される。うっすらながら、意識があるのだろうか、先程の僕のように。
そして僕は、待合室を抜け、人の行き合う通りを横断し、向かいの宿に入った。道中人々の視線を感じたが、不思議と微塵も恥ずかしさを感じることはなかった。
「アンリ=ロイです。部屋が予約されているはずですが……」
「……アンリ=ロイ様ですね。突き当たり右の部屋へどうぞ。」
受付でふくよかな体型の主人にそう伝え、部屋に入るとそこにはベッドが二つ並んでいた。ルセウスさんは僕とマリーナが泊まることを予想してこの部屋を予約してくれたのだろう。
僕は、彼女をベッドに寝かせ、隣のベッドに座った。窓からは夕日が差し込んでいる。こんな時間だが……もう寝てしまおうか。
マリーナはもう寝てしまったようだ。自分で言うのも何だが、僕が生きていたことに安心して、張り詰めていたのが開放されたことで眠気に襲われたのだろう。
……僕の背中にはまだ、彼女の胸の感触が残っていた。