ラジオインサイド-Radio Inside-
『7:00です』
その声とともに私は起きる。
『今日は快晴です。今日のスケジュールは9:00から高等数学授業の開始~』
ぼんやりしている頭に色々と情報が浮かんでくる。
自分で選んだとはいえ、毎朝聞こえるこのとぼけたような声にはうんざりだ。
「[ラジ]私が好きそうな番組を流して」
『[番組(daily Music)]を起動します。♪~』
私の頭にノリの良い曲が流れ始める。
一日の始まりはこうじゃなくっちゃ。
二階の自分の部屋から一階に下りるといい匂いがしてきた。
「今日は卵焼きかな?私好きなんだよね」
お母さんが嬉しそうに答える。
「そうみたいね、私も好きよ」
「あれ?お父さんは?」
いつもゆったりとトピックを隅々まで聴きながらソファーに座っているのに今日はいない。
「今日は珍しく会社に出てるみたいよ。なんでも大規模なハッキング犯罪が行われたみたいで家からじゃできないみたい」
「あらら、大変だな」
ハッキングなんて今時珍しい。トピックに上がっているんじゃないだろうか。
「[ラジ]今日のトピック」
曲の音量が下がってトピックが頭に流れ出す。
『本日未明、大規模なハッキング犯罪が複数の企業に対して行われました。行なったのは犯罪組織[ラジオ細胞からの開放前線]と見られ~』
「怖っ![ラジ開]ってあれでしょ、この前まで今どき街頭で演説してた怖い人達でしょ?」
「そうみたいね・・・」
お母さんが、さっきとは打って変わってちょっと沈み気味に答える。
「あれ?今日は[ラジ]から薬がないの?」
いつも気持ちが落ち気味のお母さんはいつも[ラジオ]から薬を注入されていたはずだ。
「私のは[ラジ]じゃないわよ。なんだかいつもより薬が少ない気がするのよね・・・」
と、なんだか憂鬱そうに答える。やはりなんだか落ち込んでるようだ。
(ラジオの固有名詞まで気にし始めてるのは大体落ち込んでる時だ)
そうこう考えているうちに朝ごはんができた。
やはり卵焼きのようで良い匂いがする。
私は[キッチン]から料理を取り出すとテーブルまで運んだ。
「そんなに落ち込んでいるなら病院に言ってみれば?[ラジオ]の故障かも知れないし」
「そうね、嫌だわ、お父さんがいないときに限ってこんなことになるなんて・・・」
(なんだか心配だな、今日は公園じゃなくてお母さんの病院に付き添いながら授業を受けようかな)
ラジ開の人は「この世は[ラジオ]に支配されている!これは一部の特権階級が私腹を肥やすためだ!」なんて言っているけど。
一部の特権階級って、そもそも本当にどこを指しているんだろう?政治家たちだってみんな[ラジオ]を使っているし、そもそも今どき[ラジオ]のない生活なんて考えられるのだろうか?
(なんだか昔授業で習ったインターネットの黎明期みたいな話だ。みんなスマホに頼って云々かんぬんみたいな・・・)
それに[ラジオ]だって万能ではないのだ。多少の精神なんかの不都合はなんとかしてくれるけどそれ以上は病院にいかないといけない。本当はもっと色々できるようになるはずだったけど、バカバカしいことに色々な権利だとか利権で揉めたそうだ。
近くの病院を[ネット]で調べておこうかな。
「[ラジ]ネットで近くの病院を調べて、精神科ね」
『ネット検索しました。近くに精神科は2件あります。近い精神科は[車]で15分、もう一件は25分になります。評判は・・・』
「じゃあ近い方で予約ね」
『ネットで予約できました、時刻は9時です』
やっぱり授業とかぶってしまった。
仕方ないので今日の授業中のおしゃべりは諦めることにする。
「[ラジ][友達]に今日は無理って言っておいて」
『[チャット]で[友達]グループにメッセージを送りました』
「悪いわね」
なんてお母さんは言っているけど、顔はまんざらでもなさそうだ。
最近あんまりおしゃべりしてなかったから嬉しいのかもしれない。
食事を終えるとほぼ同時に家の前に[車]が来た。
お母さんといっしょに乗って最近の流行りの話なんかをする。
「最近はそんなのが流行っているのね。お母さんが子供の頃には~」と割りと気分が落ち着いているようにみえる。
(もしかしてこれは病院に行くまでもなかったのでは?)
と思わなくもないが、まあ行って困ることもないだろう。
そんなことを頭の隅で考えながらお母さんとおしゃべりしているとあっという間に病院についた。
お母さんは「もっと喋りたかったのに」と、多少不満顔だが「おしゃべりは後でいくらでもできるでしょ」といって[車]を下りる。
病院は珍しく混んでいた。
精神科なんてだいたい一人二人いればいいほうなのに今日は十人ぐらいいる。
(念のため予約を取っておいて良かった)そう思いながらお母さんと診察室に呼ばれて入っていく。
医者の先生と話しながらお母さんの状態を確認してもらう。
どうも[ラジオ]の調子が良くないようだ。
「今日はこんな患者さんがたくさんいるんだよね」
と先生がつぶやく。
「[ジオ]患者に共有、病状」
先生が、色々と説明してくれる。
「この[ラジオ細胞]が普段は患者の状態を見て薬を注入してくれるんだけど、今日は注入される薬の量が~」
と、いろいろ説明してくれるがわかったのはこの辺りまでであとはもうわかったふりだ。
お母さんも「そうなんですね」などといかにも【わかっている】ふうにこたえているが絶対にわかってない。
授業も並行しながらなので結構頭が混乱する。
そんなふうに先生の話を半分聞き流しながら診療を終えて薬の処方箋をもらう。
さて、おわった、と帰ろうとしたときだ。
突然[ラジオ]から警報が聞こえた。
これは地震などの緊急事態のときに聞こえる警報だ。
ただいつもと違うのは続いた声だった。
『我々は[ラジオ細胞からの開放前線]だ』
今日のトピックが頭に蘇る。
『主な[ラジオ局]は我々が占拠した』
(何が起こっているの?)
『これより[ラジオ局]を停止する。これは全人類の[ラジオ細胞]からの開放のためだ』
周りの人にも同じ声が聞こえているようで、みんなキョロキョロと周りを見渡し、落ち着かない様子だ。
『全人類は[ラジオ]に頼り切っている、もうこれなしでは生きれないほどに、それを今から証明する!』
最後に何かを思い切り叩くような音が聞こえて声は途切れた。
「[ラジ]何が起きたかわかる?」
『・・・』
[ラジ]は応答しない。
得も知れぬ不安感に押しつぶされそうになる。
以前電波遮断室というお化け屋敷みたいなところに入ったときのような、いやそれ以上の不安感がこみ上げてくる。
あのときは部屋から出たらこたえてくれるのがわかっていた。
でも今は・・・。
「ねえ![ラジ]こたえてよ!」
『・・・』
当然のように沈黙が続く。
周りを見渡すと必死に[ラジオ]を呼んでいる人がたくさんいた。
お母さんも混乱しているようで助けを求めるのは難しい気がした。
(そうだ!友達に通話を)
「[ラジ]通話、誰でもいいから早く」
『・・・』
(そうだ。[ラジオ]は今止まっているんだった。でも、だったらどうすればいいの?)
唐突に来た孤独感に冷や汗が流れる。
「私はずっと[ラジ]に呼びかける」
そうしてずっと沈黙が帰ってくる中、とても長く感じられる時間が流れたときだった。
『バックアップラジオ局が稼働しました。メイン機能を起動します・・・成功しました』
「[ラジ]!」
『はい、なんの御用でしょうか?』
いつものとぼけたような声が帰ってくる。
「助けて!すごく落ち着かないの。不安がこみ上げてくるの!」
『精神状態の異常を検知しました。通常の精神状態ではないと判断します』
『最適な対処を確認中・・・確認しました。精神状態及び一部記憶領域の切り戻しを推奨します』
「[ラジ]なんでもいいから早くして!」
『利用者の了承を確認・・・切り戻しを始めます』
『切り戻し中はオートバランスにより身体の操作を一時的に補助します』
だらんと手が落ちる。頭がふらふらする。周りの人も同じようだ。
ただ不思議なことに倒れることはなかった。
そして『切り戻しが完了しました』という声と同時に我に返った。
「あれ?」
なんだか色々あった気がしたけどなんだか夢のようだった。
そういえば[ラジ開]の奴らがなにかしでかしたような。
「[ラジ]トピック」
『[ラジオ細胞からの開放前線]と名乗る者たちが[ラジオ局]に侵入し、電波を違法に止める事件がありました。[ラジオ細胞からの開放前線]たちは[ラジオ局]を停止後逃走を図ろうとしましたが、[ラジオ]を利用したネットで逃走経路を調べることができず、また、精神状態が混乱をきたした状態で警備ロボットに捕縛されました』
「・・・[ラジオ]から開放しようとしてるのに逃走を[ラジオ]に頼ってるなんてバカみたい」
そうつぶやいているとお父さんから「そっちは大丈夫かい?いやーこっちはひどい目にあったよ」
などと通話が着た。
(そういえばお父さん[ラジオ局]で働いていたんだっけ?)
などと思いながら日常は戻ってきた。
作者はインターネットやスマホなどの最新技術を否定しているわけではなくどちらかというと肯定派です。
ただディストピアとユートピアは表裏一体と思っています。
今もスマホやインターネットさえあればすぐに何でもできる、わりとユートピアな世界ですけど実はディストピアかもしれませんよ?