01話 突然の転移
――カチッカチカチッ
6畳の和室にクリックする音が響く。
座卓の上のノートパソコン。俺はその画面を見つめていた。
「ここに道路をつなげてっと。そろそろ電力が足りなくなるなぁ。金が全然足りない……」
未開の地に道を張り巡らせ、住宅を建てて人口を増やしていく。
子供の頃にはまっていた町づくりシミュレーションゲームのパソコン版だ。
平日の昼間からゲームに没頭していた。
もう30歳を超えているのだが、残念ながら求職中の身であり時間はあった。
このご時世で勤めていた会社が倒産し、それを機に実家へと戻ってきたのだ。
両親はいい顔をしなかったのだが、倒産での離職であってはと俺を受け入れてくれたことには感謝しかない。
失業保険の手続きが終わるまで少しの間はゆっくりしたいと、最近はもっぱらゲームをして過ごしている。
ゲーム画面を眺めていると空腹感を覚え、俺は腹に手をやった。
パソコンに表示されている時間に目をやれば、もうすぐ昼の12時になる。
いつもなら、そろそろ母親から声がかかる頃合いだ。
「いったん中断するか」
座椅子もないため、画面に集中していると前のめりになって肩がこる。
マウスを操作してゲームの画面を閉じ、両腕を高く上げて体全体で伸びをする。
「んんーっ」
そのまま後ろに倒れ込んだ。
「んぇ!?」
思わず変な声が出た。
見上げているのは天井ではなく、雲一つない青空だった。
寝転んだのは畳の上だったはずなのだが、背の下からは土や小石の感覚。
バッと上半身を起こして、辺りをぐるりと見回した。
起き上がった隣りには、木が一本だけ生えている。
その周りには草野球でもできそうな広い平地。
平地の周囲には、鬱蒼とした森があった。
「夢……? じゃないよな」
先ほどまでゲームをしていたのだ。そのまま後ろに倒れただけだ。
寝落ちという可能性はあるが、夢ではないと思う。
夢特有のふわふわとした感じがまったくない。
空に輝く太陽からは暖かい日差しを感じる。地面からは土や小石の感覚がはっきりとあるし、土の匂いや緑の匂いが鼻を通り抜ける。
まぎれもなく、現実そのものだった。
「なんだこれ?」
いつの間にか右手には本のようなもの。左手にはソフトボールくらいの大きな青い石を握っていた。
まったく見覚えのないもの。
あぐらをかいて股に青い石を置き、本の外見を眺める。
サイズはB5くらいのもので、厚さは1センチほどある。材質の見た目は紙だが、手触りはプラスチックのようだ。
「これ……開くのか」
本の小口部には溝があり、そこに指先をかけるとノートパソコンのように開いた。
液晶画面に光りが入り、文字が浮かびだす。
「ダンジョンを製作してください……?」
本は二つ折りのタブレットのようであり、スマートフォンのようにタッチスクリーンになっていて操作ができる。
スワイプして下にスクロールさせると、いくつかの項目があった。
・魔物召喚
・魔石
・宝石/武器
・トラップ/ギミック
・食料
・雑貨/その他
・還元
まるでゲーム画面のようだと思いながら、魔物召喚の項目をタップする。
次の画面に進むと、陸生、水生、両生、飛行、合成と項目がわかれる。
そこからも、人型、獣型、不形、トラップ型と派生していた。
ざっと魔物の項目に目を通していく。
そこには有名な魔物のスライムやドラゴンの名前があった。
スライムにもブルーやレッド、ポイズンなどの種類があり、名前の右側にはポイントらしき数値が載っている。
例えば、グリーンスライムだと200ptだ。
画面の右上を見ると、太枠で囲まれた数値があった。これが初期の持ちポイントなのだろう。
「1000ptってことはグリーンスライムだと5匹召喚できるってことか?」
なるほど、と頷いたところで気がついた。
「いや、こんなことしている場合じゃないでしょ!」
立ち上がって辺りを見回し、自分の体に目を落とす。
ジャージ姿に素足。
自室でゲームをしていたままの恰好だ。
まだ夢の可能性もあるが、これが現実とするのなら――。
考えたくないが、とある人が地球の裏側に突然テレポートしたなんて胡散臭いニュースを見たこともある。
ただ、偶然にもそんなことに自分が巻き込まれるだろうか?
そう考えると、現実と勘違いしている夢の中の気がしなくもない。
夢ならば、何かしていれば覚めるだろう。
このまま突っ立ていても仕方がない。
とりあえず、俺は近くを探索するために歩き出した。
太陽は高く昇っている。今は昼くらいの時間なのだろうか。
最初に寝ていた場所の木を目印に、平地と森との境目を歩く。
素足で歩くなんて、子供の時の運動会以来だ。
「足が痛い……」
まだ数分歩いただけだが、地面に転がる小さな石や何かの破片が足の裏を痛めつける。
地面に座り、赤みを帯びた足の裏をさすりながら、タブレットを開いた。
「なんかいいものないのかよ」
雑貨/その他の項目を選ぶ。
「お、革の靴もあるのか。20ポイントか……」
一覧に載っているものはかなり多い。
スクロールさせて下まで見ていく。
服やマント、布、ノコギリ、ハンマー、釘なんてものもある。
一番下に載っていたものに、俺は目を見開いた。
「帰還……」
そこには帰還とあった。
すぐに使用ポイントの確認をする。
「???ってなんだよ……」
使用ポイントが表示されていない。
しかも灰色の文字表記であり、ゲーム的にいえばロックされている状態なのだろう。
もちろん、タップしても無反応だった。
なにはともあれ、試してみないことには始まらない。
革の靴をタップで選ぶと画面に『はい』『いいえ』と表示される。
迷うことなく、俺は『はい』を指先で押した。
「何も起こらない?」
右上のポイントが980ptに変わっている。
タブレットに隠れていた地面に目をやると、いつの間にか新品の革靴が一足置かれていた。
「まじかよ……」
寝落ちしている自分が見ている夢だとは信じたいが、足裏からは痛みを感じている。
現実世界そのものの痛みだ。
だが、目の前にはタブレットで操作した結果の靴が出現した。
もはや夢なのか現実なのかがわからない。
こんなことがあるわけない。
痛みですら、寝ている自分が見せている感覚だろう。
そう思うと、ゲームの世界に入ったようで楽しくなってきた。
子供の頃、見知らぬ土地や山や川、冒険と称して遊んだ記憶がよみがえる。
目の前に出現した靴を履く。
立ち上がって尻についた土をパンパンと払い、俺は見知らぬ場所を歩き出した。




