◆1/1*PM*14:00
暫くの静寂の後、勢いよくドアが開いた。
「女王様!!お茶会しよーよ!!」
そう言って飛び出して来たのは白兎だった。その後ろには帽子屋の姿が見える。
「また貴方は…物事には順序というも…」
「いいでしょー??どうせアリスに教えなきゃいけないし。ねっ?帽子屋も!!」
女王が言い終わらない内に言い出した白兎は、はしゃぎ回り、もう止められそうにない。
そんな彼を見た帽子屋は一つため息をつき、女王へ話しかける。
「陛下、どうせですから白兎のいう通りに致しませんか?…引きそうにもありませんし、確かに話さなければならない事もあります。」
帽子屋のその言葉に女王は少し考えた後、頷いた。
「そうね。では…メアリ!!」
そう言った女王は椅子に座り直し、ドアの方を向いた。
「はい、女王様。お呼びでしょうか?」
そう言って現れたのは長い金髪を二つのおさげに結った碧い瞳の少女だった。
水色の服に腰から下だけのエプロンをしている姿から、どうやらこの城の使用人らしい事が分かる。
そんな彼女に対し女王は命令する。
「メアリ、お茶会の用意をなさい。」
「はい、わかりました!」
そう言ってメアリは部屋から出て行った。
「お茶…会…?」
未だ状況を理解していないアリスは立ち尽くしていた。
そんな彼に気付き、女王は先程の猫と同じように、椅子へと座るよう手だけで命じた。
それに習い椅子へ座ったアリスとほぼ同時に白兎と帽子屋が彼の両脇に座った。
「さぁアリス?貴方の事、教えなければね…」
女王がそう言った時、メアリがお茶会の用意を整えたワゴンをひいてきた。
「ありがとう、メアリ。貴女も一緒にどうかしら?」
「いえっ!私は…あ、女王様。今日の4時、ディーがドレスの採寸に来るそうです。」
「あらそう…。わかったわ、下がっていいわよ?」
失礼します、と言ってメアリが出て行った後、白兎がぴょんとテーブルに身を乗り出した。
「ミールークー!!!!」
「行儀が悪いですよ。」
そう言って帽子屋がもう少しで届きそうだったミルクのビンを取り、白兎の前へ置いた。
むーと頬を膨らませている白兎を横目に女王は話を進める。
「さて、どこから話しましょうか…」
不思議の国は一人の少女の夢から始まった。
その名を、『アリス=リデル』。
彼女の夢見た世界がこの世界の成り立ち。
それ以上の説明はできない。
この世界はそんな世界。
彼女のいない世界では不思議は成り立たない。
彼女の死後、世界は消えるかと思われたが、不思議の国が失われる事はなかった。
「その理由は…」
そう言って女王は持っていた懐中時計を持ち上げた。
「…時計?」
「えぇ、これはこの国の時を正く刻む唯一の時計…」
「唯…一?」
「この世界は他の世界と時の流れが違うからね。アリスの気分で昼にも夜にもなるんだから。一個あっただけで奇跡だよ?」
アリスの質問に割り込むように答えた白兎は並々と注いだミルクを豪快に掻き回していた。
そうして一口飲んだ後、アリスの顔を下からのぞき見た。
「あ、でも今はそんな事ないからね?」
そう言って笑った見せた白兎は、帽子屋と顔を合わせた。
「…どうゆう意味だよ」
「この世界の時は、今まで、進んでいるかのように見えて絶対に進む事はなかったの。…アリスが死んでからは…」
アリスの質問に答えながら女王は時計をテーブルへ置いた。
アリス=リデルの死後、不思議の国はいわゆるパラレルワールドとして存在した。
ただ、新しい時を刻む事なく、同じ物語を何度も繰り返しながら…。
「アリスがいないと成り立たないこの世界にアリスのいない時が流れると…この世界はどうなると思いますか?」
帽子屋の言葉でアリスはやっと頷いた。
「…消えるしかない、でしょ?」
割って白兎が口をはさむ。
「まぁ、簡単に言うとそうゆう事ですね。…そして、時計同様、ある一定の時期を越えるとまた新しい時を刻まなければならない時が来るんです。意味は分かるでしょうか?」
そこでアリスは首を傾げた。
「つまりね、ある時期を越えるとまた新しい時間を作らなきゃいけないの!12時を越えるとまた新しい日を迎えるみたいにね…」
白兎はテーブルにもたれながらお茶のなくなったカップの底を見つめ、言った。
そんな白兎を見て、彼のカップにお茶を注ぎながら帽子屋が言う。
「…つまり、ですね。アリスを迎えなければいけない時期というものがあるんですよ。…ただ、アリスは存在しないので……」
「貴方が選ばれここに来た。…貴方は24番目の、最後のアリス。」女王がカップを置きながら言った。そうしてアリスを一瞥し、でもね、と話を続ける。
「貴方が、アリス=リデルの血を持つ者でないとこの世界は消えるわ。」
それに対しアリスは眉をひそめ、背もたれに寄りかかり腕を組んだ。そうして嘲るように言った。
「残念ながら、俺はそんな夢見る少女じゃない。だいたい血を持つ者って…本人は死んでるんだろ?いる訳がないだろ」
「…世界には、もう一人の自分というものが存在します。貴方達の世界での名称は知りませんが…会うと死ぬと言われている存在らしいですね。それを私達の世界ではジョーカーと呼び、アリス=リデルの代わりになる唯一の存在とされています。その候補として最後に選ばれたのが、アリス。貴方なんですよ。」
その帽子屋の言葉に僅かながら女王が目を伏せた。
そうして決意したように一度姿勢を正し、抑揚のある声で言う。
「でも、違ったわ。…貴方はアリスではない。」
言い終わった瞬間、全員が彼女を見た。
「……なんだ、知ってたんだ。じゃあ……」
そう言うと白兎は立ち上がり、女王の目の前まで行き、テーブルに置いてあった懐中時計を手に取った。
「白兎っ!!!!」
叫んだ帽子屋を制すように白兎を見たまま女王は微笑んだ。
「確かに私達は過去に禁忌を犯した。けれど、今の世界を壊したとしても時間は戻らないわ。」
「うるさいっ!!!!!」
女王が言い終わるかどうかのうちに白兎が叫んだ。
そうしてアリスに銃を向けた。
「僕は、あんたをアリスとは認めないっ…!!」
そうしてその引き金に指をかけた瞬間、アリスは微笑み、言った。
「…そうか。じゃあ、撃ちなよ。」
「は…?なんだよ…」
「俺を殺すのが君の意思なら、躊躇う必要なんてない。それとも、揺らぐくらいの思いで俺が殺せると思うの?」
「………っ!!」
アリスの言葉に驚愕の表情を浮かべた白兎は部屋を飛び出して行った。
「……白兎を追わないのですか?アリス。」
「何でだよ。物語はもう繰り返せないんだろ?」
そう言うとアリスは立ち上がり、窓の外を見た。
「…俺は、肩書なんかに捕われない。どうせ終わるしかない運命なら、やりたい事、好きにやらせてもらう。」
「そうねアリス。…でもその前に…」
そう言うと女王は立ち上がり、アリスを手招きした。
「貴方の部屋を、案内するわ。」
そうして二人が出て行った後の部屋で帽子屋は
「…私は、猫と違って暇を持て余すのは得意じゃないんですけどね。」
一人悪態をついていた。