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「ご苦労だった」


 満足気に言うと、大佐は椅子の上で足を組み替えた。

 デスクの前では、さしたる内容もない報告を済ませたばかりのカイが、だるそうに立っている。


「後で、約束の報酬を受け取るといい。――そうそう、明日の夜は、あの街の祭りらしいが」


 カイが無表情に大佐を見返した。


「君と連れの少年には、あまり遅くならないうちに街を出ることをお勧めする。われわれとしても、無関係な他国民を巻き込むのは本意ではない」


 どうやら街への攻撃は、明日のささやかな楽しみの後、住民たちが寝床に入った頃に始まるらしい。


「もっとも、もはやあの街に、君たちの居場所などないかもしれんが」


 大佐が笑みを深くした。


「あの食堂の彼女も、スパイ容疑のある外国人をかばい続けるわけにもいかないだろう」


 ――ゲス野郎が。


 表情を変えぬまま、カイは胸の中でつぶやいた。


 わかりきったことだった。

 街に来たばかりの外国人による情報収集など、最初からあてにされてはいなかった。カイの報告結果に関係なく、作戦内容は既に決まっていたのだ。


 兵士に逆らい少女を守った少々腕の立ちそうな旅の便利屋に、あからさまに軍のスパイを命じることで、レジスタンス側に混乱と分断を生じさせ、同時に彼らとカイの仲を裂く。

 ばかばかしいと言えるほど、粗雑で稚拙な策だったが、残念ながら確かに一定の効果はあった。


「この次からは君も、余計な真似などせず、せいぜい長いものには巻かれておくことだな」


 大佐の高らかな笑い声に送られて、カイは無言で豪奢な執務室を後にした。




「悪いけど、この街から出てってほしいの」


 翌日、いつもの食堂で昼食を食べ終えたふたりに、苦しげな顔でリェンが告げた。


「……リェン」


 凍りついたような目で見上げるトトの頬を、リェンが撫でる。


「ごめんねトト。でももう、ここらが限界」


 リェンはカイに目を向けた。


「カイ。あんたが基地で、修理のふりして街のことを報告してるって、みんな言ってる」


 エプロンの端を握り締め、辛そうな口調で続ける。


「ほんとは、無理したって一緒にいたいけど。ふたりはトトの両親のとこに行く途中なんでしょ? ならもう、出てった方がいい。これ以上ここにいたら、良くないことが起こるわ」


 今日も、食堂に他の客の姿はない。以前はふたりが来れば必ず声を掛けてくれた店主夫妻も、ここ数日は厨房に引っ込んだきりだ。


 リェンがカイの顔をのぞきこんだ。


「ごめんね。助けてもらったのに」


 カイが荷物を引き寄せると、テーブルに昼食代の小銭を置いた。


「――ごちそうさん。行くぞ、チビ」


 まだぼうぜんとしているトトを、腕をとって立たせる。


「気にするな。おれたちはこの足で街を出る。宿の支払いも済ませてきた」


 リェンに告げて出口に向かいかけたカイが、何か思い出したように振り向いた。


「今夜の祭り、火の始末に気をつけろ。荷物をまとめておいて、何かあったらすぐに逃げるんだ」


「――わかった」


 ようやくこたえたリェンの目に、涙が浮かぶ。


 薄暗い隅のテーブルでは、グラスを抱えたリェンの父親が、いつも通り背中を丸めて座っていた。




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