引きこもり虫の登校
「凛音おはよう! 今日から新学期よ、早く起きて……」
「言われなくても起きてるよ月海。遅刻したことなんてないでしょ私」
今日は私達の通う豊泉高校の一学期が始まる日である。
前にも軽く説明したけど、私と双子の姉弟である月海、風柳は今年で十七歳になるため高校二年に進級した。
正直私は読書さえできればどこでも良かった。
だけどお嬢様だか金持ちの学校というものを何故か御子柴の双子共が嫌がり、別に誰も反対はしなかったので普通の公立を受験した。
なんでだろ。
「ねえねえ今日の学食何かな? 肉とか出ないかな」
「風柳、まだ朝ごはんすら食べてないでしょ。凛音ー早くー。食いしん坊がうるさくなるからー」
わかってるよ。ここの制服は面倒なの。
ワイシャツの上にセーターを着るかブレザーを着るか……今日は比較的暖かいからセーターにしようかな。
暑いのは苦手だし。手汗で紙がふやけるなんて御法度だ。
「お腹空いたね月海」
「あんた大食漢なのになんでそんなシュッっとしてんのよ。双子の姉からしたら羨ましい限りだわ」
「僕はたくさん食べるけどスナック菓子とかは滅多に食べないし油物はあまり選ばないようにしてるよ。鶏肉とかはコラーゲンも多いし肌に良いよね」
「女子か!!」
そりゃまあ女子力の高い月海の片割れとして産まれてくれば風柳もそうなるでしょ。
御子柴家は代々ファッションデザイナーとして海外からも依頼が来るほど。
噂によると予約が三年待ちだとか。流石有名ブランド。そしてその跡取りに服を作ってもらっている私達。
そんな家庭で育ってきた──特に月海は麗子姉さんとグルになってよく私を着せ替え人形にしている。
しかも本を読んでいる時に限って。
傍迷惑な話だ。
「二人とも朝ごはん食べてないって。家で食べる気満々だったの?」
「「勿論」」
出たよ。双子のシンクロ。
こっちのお手伝いさんは作り甲斐があるって喜んでるけど。
風柳なんて一人で三人前近く完食すんじゃん。その細身で。
「凛音は今日もお弁当? 学食食べてみたいとかないの?」
「月海。凛音が読書以外反応しないこと知ってるでしょ? 学食なんてもの興味がないんだよ」
言い方に悪意があるぞ風柳。なんだ、お前もドSの塊か。
それにうちのお手伝いさんの料理は美味しいんだぞ。華ちゃんが言ってたし。
ていうかこんなことしてる場合じゃない。嫌だけど書庫から抜け出さないと。
この二人と漫才してたら遅刻する。
「おはよう華ちゃん。華ちゃんは明日から高校生だね」
「おはよう音ちゃん。うん、早く皆と一緒に学校行きたいなぁ」
華ちゃんは十人兄弟姉妹の中で一番の末っ子であるため、シスコンの的にもなっている。
もちろん私にとっても可愛い妹だ。華ちゃん以上の美少女なんていない。
とか言ってるうちに月海と風柳が撫で始めちゃってるし……おーい二人ともご飯は? 遅刻するよ?
なんやかんやで学校到着。
全く、風柳はずっとご飯食べてるし月海は洗面所を占領して歯磨きできなくするし遅刻しそうになったよ。
身支度くらい自宅でやれ。
「私達のクラスは……凛音ー! 二組だってー!!」
三人とも一緒か。
多分親のコネが何割か入ってんだろうけどそこはもう無視しよう。
そこ突っ込んだら後で何されるかわかんない。
「下駄箱下駄箱……これは私に対しての侮辱か先生方よ」
月海の場所は一番上。五段あるけど月海の身長だと四段がぎりぎり届くところだからね。背の順でも一番前だしね。
今年も多分そうだよ。
「月海。僕と交換しよう。双子だから支障はないと思う」
「風柳……それは姉に対する侮辱と捉えていいか?」
「え?」
あーあ、プロレス──月海が一方的に──始まっちゃったよ。
どうせ替えてもらうくせに。
プライドで弟をいじめるのやめなさい。
「げっ……死神見ちまったよ」
すぐ頭上で声がしたから見てみると恐らくクラスの男子──そんなのいちいち確認するわけがない──が私を見ていた。
それも汚らわしいものを見る目で。
お? 喧嘩売ってんのか? 買わないぞ?
「チッ。なんでてめえと同じクラスになんなきゃいけねえんだよ。死神はさっさと死ねや」
いや死神じゃねーぞ私は。
ていうか死神は死んでる神なんだから死ねと言われても無理な話だ。
それと同じクラスになったのも私が望んだわけじゃないし。
ああでもクラスメイトなのか。それなら親しき仲にも礼儀あり。
「おはよう」
「あ? 話しかけてくんなよ死神。てめえなんか生きる価値もねえんだよ、死ね」
そこかしこから嘲笑が聞こえてきた。
親しき仲にも礼儀あり!
いつものことだからまあ微塵にも気にはしてないけど。それより教室行きたい。
「くすくす……あの男子可哀想。さっさと死ねばいいのにね死神」
「ほんとほんと。御子柴家の二人も迷惑だよねあんな奴……」
「ねえちょっと」
玄関口に響き渡るくらいの声が背後から聞こえた。
女の子がそんな低い声出しちゃ駄目でしょ。
「勝手なことばっか言ってさ。あんた達誰かをいじめて満足したいだけでしょ。それと私は別に凛音を友達とは思ってないわ」
「はぁ? じゃあなんで付き合ってんだよ」
「勘違いすんじゃないわよ。私は凛音を家族だと思ってるわ。家族を侮辱する奴は許さないわよ」
「月海。私じゃなくて“私達”でしょ」
肩に手を置かれて見ると右隣には風柳が、左隣には月海がいる。
風柳は短気な姉と違って温厚──目が笑ってなーい。
「今度凛音を侮辱するような真似をしたらどうなるかわかってんでしょうね? 言っとくけど親の権力なしでもあんた達を堕落させることくらい造作ないから覚悟しておきなさいよ。行こ、凛音」
シーンと玄関が静まりかえる。
月海は強いよね。完全アウェーに立たされても大逆転勝利すんだから。
うおぅ!? 急に引っ張られたら転ぶよ月海。
いつの間にか下駄箱も交換してるし。結局替えてんじゃん。風柳やられ損。
「凛音、今度絡まれたらちゃんと言いなさいよ。踵落とし食らわしてやるから。それか六条に言うから」
「別に私は気にしないけど。六条には言っちゃダメだよ。返り討ちが怖いから」
「あいつらは一度恐怖を味わうべきなの。あーあ最悪……あんな奴らと一年過ごさなきゃいけないなんて」
「ごめん」
表情は動かせないけど私も小説読んでる分の豊富な感情はあるからね。
やっぱり父さんに言って通信教育とかにしてもらおうかな。
家族が嫌な思いをするのはこっちとしても嫌だ。
「何であんたが謝んのよ。それよりあんた学校やめようとか思ってないでしょうね?」
思ってました。はい。
エスパーか? 表情には絶対に映ってないぞ。目か?
「いい? 私は家族と学校に行きたいの。あんたがやめるんだったら私もやめるからね」
「じゃあ僕も」
「あんたはいらん」
あ、まだ喧嘩は続行なのね。月海ってばしょうもないことに根を持つんだから。
それにしても家族ね。
こっちからわざと二年も話していなかったのに未だに仲が良いのはやっぱり家族だからなのかな?
随分と縁の濃い家族だ。
とりあえず今は教室行って速攻読書だ。本が私を呼んでいる!