小説家の憂鬱
自分で言うとおこがましいが、僕は人より顔はいいと思っている。
元々美形な両親から生まれた子だから納得はいく。
だけどそのルックスは僕には必要のないものだった。
小学生の頃から本が好きで、独創的な世界観を一人で味わうことが楽しかった。
なのにこの見た目のせいで何人もの女性が押し寄せてきた。
最初の頃はまあ別に苦でもないしと思っていたのに。
僕が本の虫だと言う事を踏まえた上で付き合っていたのに少し放置していたら。
「私と本とどっちが大事なの!?」
そんな男には面倒極まりないことを言ってくる。
勿論答えは本だ。
そう言ったら頬を引っぱたかれて別れた。
そんなことがまだ幼い──と言っても小六くらいだけれど──時からあって僕は正直女という存在が……いや、僕の領域を土足で上がってくる奴が嫌いになった。
僕は願っていた小説家になることができた。
高校を卒業したら家を継ぐことになっていたが両立ができるのなら続けていいと言ってもらえた。
だがそこで問題になったのが次の跡取りを残さなければならないことだ。
両親も僕の女嫌いは充分理解しているし、夫婦が別居状態や離婚状態も回避したい。
何とか僕の領域を邪魔せず──勿論最低限の夫婦生活はするつもりだが──温厚に神宮寺家を支えてくれる女性はいないものかと考えた。
僕に幸運が訪れたのはその時だった。
何らかのパーティーで経営の柱となってくれている六条さん。
彼は人望が厚く、顔も広い。
彼に自分の性格のこと、女性との関係についての希望を説明してみた。
すると。
「根尾家の長女に読書以外興味がなく人の領域に一切入ろうとしない子がいますよ。無表情で何を思っているのか十七年間見てきても全くわからず近所からは三家の問題児と言われていますが」
写真も見せてもらった。
確かに七五三や入学式・卒業式の写真、あまつさえ誕生日の写真を見ても一度も笑っていない。
「疑うようで申し訳ありませんが彼女は本当に僕の執筆活動や仕事に私情を挟みませんか?」
「ええ。彼女は人嫌いではないはずです。ただ本を持って逃げたり旅行に行くのを拒否したりここ何年かまともな話をしていませんが変わってはいないと思いますよ」
何年もって。
人嫌いでは無く、読書以外に興味がないだけ。
この人が嘘をついているようにも見えないし試しに見合いをしてみよう。
こうして僕は根尾凛音との見合い──というか偵察?──を決めたのであった。
「こんなものです。あなたからしたらいい迷惑でしょうが」
なるほど。
なんか共感できるオーラを放ってたけどこの人もやはり領域を汚されたくないのね。
うん、よくわかるわ。
「いい迷惑だなんて……確かに神宮寺さんは見た目がよろしいですからね。大体どうして皆放っといてくれないのでしょうか。跡取りは仕方ないにしてもこの性格を直せるほど私の脳は正常じゃないんです」
「僕もその件が無ければ一生独身で良かったのですが……それで凛音さん。まだ恋心はないにせよ僕はあなたなら領域を汚さないと信じているのですがあなた自身は僕と結婚することに不満はありますでしょうか」
不満はないけど……あったとしても結婚しなければ読書できなくなります。
「ありません。ただ私はまだ学生という身分がありますのですぐに結婚ということは」
「それはもちろんのことでございます。未成年に結婚を強いて子どもを産ませようというわけではないですから安心してください」
まあそうだろうね。
学生に妊娠させて中絶したっていう話はよく流れてる。
こういう場合はまずお友達から始めるんだろうけどそれは何かちょっと。
「では神宮寺さん、まずは読書仲間から始めましょう」
「読書仲間?」
「はい。根尾家に日向ぼっこできるような所はありません。遠出して公園などで読書も嫌です。神宮寺さんのお宅にそういう場所があるのでしたら数日に一回の程度でお邪魔したいのです。勿論あなたの邪魔は致しません」
そうすれば書庫から立ち入り禁止令を出されることも月海達の着せ替え人形にもならずにすむ。
それプラス花嫁修業と見せかけることもできる。
「でも実家と根尾家は歩いて何分かかかります。車を出しましょうか?」
いや、別に歩くの嫌いとか言うわけじゃないから。
外に関心がないだけだから。
普通に歩いて行きます。
「いえ充分です。それでは来週の日曜に十時頃お邪魔してもよろしいですか?」
「ああ。君は極力人と関わりたくないんだよね。ならその前に家事を終わらせてしまおう。臨時でない限り人払いもしておくよ」
迷惑だったかな?
使用人の人達にとっちゃ私急に押しかけて占領してる迷惑女だからね。
でもまあポカポカ陽気で読書は楽しみだなぁ。