引きこもり虫とお泊まり小説家1
「浴衣あるけど着ますか?」
「あ、いや大丈夫。松崎に言って持ってきてもらってるから」
流石。行動が早いですね。そして順応力高すぎだって。遠慮はあるけどさ。女嫌いはどこ行ったの? 華ちゃんと月海がひっついてても平気そうだし。
私に乱暴的なキスをした野獣はどこに。
「……神宮寺さん。月海達そんなにくっついてて嫌じゃないんですか?」
「セールスとか押し売りで媚を売ってくる女性は嫌いだけど、彼女達はそれをわかっているから。それに話はしてるけどそんなに体には触れてないよ」
え? あ、ほんとだ。気を引くために裾を掴むか少し腕を引いてるだけだ。
よく見たら一定のタイミングで楽しく会話してるし。なるほど。
「凛音、私達だって伊達に跡取りとして勉学してないよ。人が嫌がることはしない。常識くらいわかってるわ。ねえ、神宮寺さん?」
イラつくわ。
その言い方だとまるで私が思慮分別できてないような意味もあるじゃない。
「あ、ねえねえ神宮寺さん。凛音とキスしたってほんと?」
神宮寺さんは飲んでいたお茶を吹き出した。
着物にかかってないかな?
「え、なん……え? あ、えーっと」
超狼狽えてる。だから成人男性がキス一つで反応しない!
「あははは! すごいパニクってるよ神宮寺さん。図星なんだ。どんなキスしたの?」
問い詰めるな月海。
そしてドSか。
童貞をいじめないであげて。
「え、えっと……し、舌を入れて。は、激しく?」
そしてあんたも答えなくていいんだよ神宮寺さん!!
真面目か!
「きゃー! 嘘。ファーストキスがそんな激しいやつなんて! 涎出た? ねえねえ出た?」
おいセクハラで訴えるぞいい加減。キャラ崩壊始まってんじゃねえかよ。
「そういう話はもういいから。神宮寺さん、お部屋に案内します」
「私も行くー!」
言うと思いました。もう神宮寺さんからかわないでね。
神宮寺さんを部屋まで案内した後、まだおしゃべりが飽きなかった私はそのまま渋っていた凛音を帰らせて二人で部屋に居座った。
「神宮寺さん。凛音のどんなとこが好き?」
「まだ多くは知らないけどやっぱり本好きなところだよね。自分のテリトリーを誰にも入らせたくないって気持ちが一緒なんだよ」
あー、凛華が言ってた通りだ。
この人も凛音も見た目はいいのに。
まあだからこそ気が合うんだろうけど。
「じゃあじゃあ凛音と結婚したら御子柴家とも仲良くして欲しいなーなんてダメ?」
確か媚を売るやり方は嫌いらしいけど神宮寺は六条と並ぶほどの大手。
根尾の方に傾いたらこっちも大変だし。
あ、決して根尾を潰したい訳じゃないよ。ここ大事ね。あくまで有利な状態でいたいだけ。
「……君は可愛い顔をして心の中は真っ黒じゃないかい?」
「跡取り娘として会社を潰したくないんです。根尾と御子柴は共同関係になっていますからそちらに傾かれるとね」
「考えてみるよ」
神宮寺さんは呆れたような困ったような顔を見せる。
多分こういう取引はよくあるんでしょ。
私の兄弟――凛音や風柳でさえ知らない私の心の内。正直私は愛ちゃんのようにイケメンには興味がない。
みんなにそう思わせてるだけであって私もそこらのセコい女と一緒。利益だけ求める。
どう頑張っても家は六条に勝てず、根尾と大差ない営業だ。
でもそんなことはプライドが許さない。
色んなところへ――それこそ身を削ってでも御子柴を安定させたい。だってお母さん達が努力してきたから。
そのためなら神宮寺さんだって使う。凛音は私の妹のような存在。凛音と結婚したいなら御子柴にも協力してもらわないと。
「君は嘘が得意だね。よく十七年もバレずに済んだね」
「昔からです。皆にバレたら元も子もないでしょ?」
女嫌いの婚約者。使いたい放題じゃない。絶対どこにも行かないでしょ。浮気なんかするわけない。
「彼女の笑顔が見てみたいな」
「え?」
急に話変わり出した。独り言ではないのかな。
彼女? 凛音のこと?
「凛音のことなら無理ですよ」
「なんでだい? この先は長い。いつか笑える日が」
「あの子が笑えないのは性格の問題じゃない。障害を持ってるからです」
その顔……初耳か。
まあまだ婚約者じゃない人に弱みは見せられないでしょ。
「生まれつき顔の……特に頬の筋肉が人の倍以上に緊張状態を起こして固まっているんです。無理に動かそうとすれば痛みが発症する。赤ちゃんの頃からあの子が笑ったところなんて……泣いたことはあるけど決して顔は歪んでいなかった」
凛音の障害は一部の人しか知らない。三家の血縁者や使用人のごく少数。
だから感情がないなんて噂されてるけど言えないのよね。
だってどんな病気かわからないんだもん。
医者から言われたのはその緊張状態を緩めること。そうすれば笑える。
だから私達兄弟姉妹は必死に緊張を緩めようとした。
愛ちゃんや正ちゃんは絵本を読んであげたり私達はお昼寝したり一緒に飽きるほど遊んだり。
それでも改善できなかった。しかもさらに不幸なことに。
「根尾の妻……凛音達のお母さんが死んだ時から本にしか興味を持たなくなって今まで以上に心を閉じたのよ」
「凛音さんのお母様?」
七年前に病気で亡くなった母親。
読書好きで凛音にたくさんの本を与えたのもこの人だ。
清楚で優しくて儚くて。死ぬには早すぎるくらい惜しい人だった。
「凛音の笑顔なんて一生無理。わかりましたか神宮寺さん? 凛音を笑わせるだけ無駄です……話が長くなっちゃった。嫌いなものはある? 夕飯好きなもの使用人に言ってくるよ」
「いや、大丈夫。嫌いなものは無いから君達が食べたいもので」
「わかった。じゃあねー」
折角来てくれたのにムキになって嫌な思いさせちゃった。今は一人にしておこう。今日はあの人にとってドタバタ過ぎたもんね。