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引きこもり虫の訪問

 徒歩三十分。

 洋風建築の豪邸である六条家とは反対に和風建築の神宮寺さん家に来た。

 超でかい。門が広い。結論、すごい。

 そばにあるインターホンを押すと、中から神宮寺さんとは違う声が聞こえた。


『どちら様でしょうか』

「根尾凛音と申します。今日、神宮寺透さんにお呼ばれした者ですが」

『お待ちしておりました。今お迎えにあがります』


 この声はあれだ。見合いの時に後ろで空気になってた人だ。

 今日は約束の通り神宮寺さんのお宅で日向ぼっこをしながらの読書タイム。

 ここ最近は学校が始まって全然読めなかったから貴重な時間だ。


「ようこそいらっしゃいました。どうぞ、ご案内致します」

「あ、はい」


 お礼言いたいけど名前がわからない。

 えっと神宮寺さんが確か最初に命令してた気がするけど。


「申し遅れました。私は旦那様……透様の世話役を任されている松崎と申します。先日はご挨拶もなさず申し訳ございません」

「あ、いえこちらこそ。根尾凛音です。よろしくお願いします」


 松崎さん。あなた護衛ではなかったのね。ずっとそばにいたからわかんなかった。一回忍者なんじゃないかと思ったのは内緒だ。

 それにしても大きい屋敷だなぁ。六条家と同じくらいなんじゃないかな? パーティーで気さくに話すくらいなんだから確実に根尾家より格上であることに変わりはない。

 あ、そういえば言い忘れてたけど強さの順で言ったら六条家が一番上で根尾家は下。まあ中小企業の社長が大手企業に勝てるわけないけどね。


「根尾様。先に旦那様にご挨拶をなさいますか?」

「そうします」


 挨拶もなしに無断で読書は流石に気が引ける。

 婚約者としても友人としても礼儀は必要。


「旦那様。根尾様がお見えになりました」

「ん? ああいらっしゃい凛音さん。禄に出迎えもしなくてごめんね」

「いえ。こちらが勝手に押しかけたようなものなので」


 ところで神宮寺さんの部屋ってここですか? 凄いでかいんですけど。

 ていうか書庫じゃないですか。机とタンス以外全部本じゃん。


「僕が言った場所は丁度そこだよ。休憩に良いんだ」


 ここ? 確かに部屋から出てすぐに縁側があって移動もしなくて良いですね。休憩には持ってこい。

 しかも見てみたら大きい本屋に行っても滅多に出会えないような貴重な本がたくさんある!?


「あの……そこの棚にある本は」

「言ってくれれば貸してあげるよ。書庫にも色々あるから松崎に案内してもらって」

「じ、じゃあそこの星色夜空という本を貸してください」

「いいよ。はい」


 どこの書店にも無かった『星色夜空』の三巻目……夢のようだ。

 マイナーだとか言われてるけど面白いんだぞこの小説。


「ふふ」


 今神宮寺さん笑った?


「何ですか?」

「いやごめん。そんなにこの本が読みたかったんだね。目がキラキラしてるよ」


 目がキラキラ? よく死んだ魚の目をしてると言われますが。小説読んでると目がおかしくなってしまうんですか。とか失礼なこと思ってたら松崎さんに何か伝えて部屋に篭っちゃった。


「旦那様は執筆中でございますので何かありましたらお呼びください。近くにおりますので」

「あ、はい。ありがとうございます」


 なら早速座って読もう。

 ここは陽があたって春初めでもそんなに寒くない。

 ところでこの『星色夜空』。終わりが絶妙にハラハラするんだよね。二巻目は親友の真理(まり)が罪を着せられて亜美(あみ)が救おうとした所で終わっちゃったし。この後どうやって助けるのかな?




「……旦那様。失礼します」

「どうした松崎」


 滅多なことでは表情を変えない松崎が困った顔をしている。

 何かあったのだろうか。押しかけ? 編集者?


「その……根尾様が」

「凛音さん? 何かあった!?」


 物音もしなかったが僕が気づかなかったか?

 いやでも松崎が近くにいたのだから大事はないはずだが。

 松崎を押しのけて急いで見ると彼女は――寝ていた。


「なんだ寝ていたのか。心配をかけるな松崎」

「すみません。本を大事に抱えていたので起こそうにも起こせなくて」


 本を抱えていたから起こせないのもおかしい気がするが……春先でも冷えるな。

 あ、本当だ。すごい必死そうに本抱えてる。そんなに好きなのか。


「毛布を持ってきてやれ。このままじゃ風邪をひく」

「承知しました」


 確かにここは眠くなる場所だな。今日は天気も良いし余計眠気を誘う。学校はいるだけでも色々疲れるような場所だから。

 流石に無表情なだけあって眠ってても頬は緩まないな。可愛らしいから別に気にはしないが。

 僕はそのまま彼女が起きるまで膝枕をして寝顔を見ていた。




 ……何か目の前が傾いてる。

 人肌? 枕が暖かい。いっつも寝落ちするから最近布団にも入ってないし。

 あーぬくぬく。ていうかここどこ。


「ん」

「起きたかい?」


 神宮寺さんの声? あれ、何で頭上から聞こえるんだ? 

 重い瞼をそのまま開けて、目だけを動かしてみると枕は――これ枕じゃない足だ。しかも和服。

 え? じゃあこの足の持ち主は一体誰。


「神宮寺さん?」

「おはよう。隈があったけど寝不足かい? いくら本が好きでもちゃんと睡眠はとらなきゃ駄目だよ」


 はいすみません。学校で読めない分どうしても徹夜したくなっちゃうんですよーあははー……じゃない!


「膝枕なんて失礼でした。すみません」


 いつの間に寝たんだ私。

 やばいよ、お邪魔までしてがっつり寝てるとか失礼極まりないよ!! 

 しかも仕事の邪魔して幸せな夢の中とか大罪もんだよ。


「大丈夫だよ。ずっと本を読んでいたからそんなに気にもしていなかったし。松崎、水を持ってきてやれ。寝起きは脱水症状だと聞くからな」

「承知しました」


 すみません。ほんとにすみません。

 あれ、どこまで読んだっけ。まだ全然な気がする。

 気づけば寝てた状態だから記憶も朧。


「今日中に読みたかった」

「持って帰ってもいいよ?」


 ……まじで? 仏様の幻聴じゃなくて?


「いいんですか? 神宮寺さんの本ですよ?」

「僕も何回も読んだからね。また遊びに来た時に返してくれればいいよ。今日はもう夕暮れ近いしこれ以上は長居しちゃだめだし。送っていくよ」


 夕暮れ? 私どんだけ寝てんだ!? 

 うすら寒いと思ってたら原因はこれか!

 あ、父さんに連絡しとかないと。


「松崎。彼女を家まで」

「はい。根尾様、こちらへ」


 あ、はい。そちらへ。


「神宮寺さんありがとうございます。また今度」

「ああ。さようなら凛音さん」


 その後結局読書に費やして徹夜したのは言うまでもない。

 だって読みたかったんだもの!

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