第五話 形だけの友情
―数分後―
テロリストは倉庫の屋根に登り、高台から秤たちを探していた。切断されたKONGの右腕には別のパーツが装着されており、戦闘用というよりは、作業用のアームだということが伺えるものだった。
(手負いのガキと素人のガキだけで逃げられるはずがない。どこかに必ず隠れている)
臨時の右腕にはきちんと切断された右腕から回収された《衝撃》のチップが張り付けられていた。
(辺り一面平地になるまで衝撃波を連発してもいいが、死体の確認ができなくなっちまうしな)
残忍なプランを実行するかどうか考えていると、
「!?」
秤がKONGの正面に現れた。右手には先ほど倉庫内で投げたのと同じスモークグレネードが握られていた。
(馬鹿が、また煙幕で目くらましをして、剣士のガキが近づいて仕留める。万策尽きたガキどもの精一杯の足掻きか。衝撃波で煙もガキ共も一瞬で吹き飛ばせる)
衝撃波がある以上近づくことすらままならない。強力な飛び道具もない以上、この優劣は動かない。
「っせい!!」
秤がスモークグレネードを投げ、KONGの近くに落ちる。地面に落ちるとすぐに煙が広がる。お互いの姿は白煙で見えなくなる。
(センサーの感度を高めれば、近づいただけでわかる。さあ、いつ来る?)
テロリストはあえてすぐには煙を晴らさず、釣りで獲物が食らいつくのを待つように、石動の接近を待っていた。
しかし、いつまで経っても誰も接近することはなかった。
(なぜこない?まさか煙で時間稼ぎするだけで、逃げ切れると思っているのか)
「舐められたものだな!!」
テロリストは激怒しながら拳を地面に叩きつける。
『《衝撃》』
拳から衝撃波が放たれ、煙が晴れていく。
「!?」
確かに煙は晴れたが、晴れたのはKONGの周囲のみであった。煙は辺り一面に広がっていた。秤はスモークグレネードを大量に撒いていたのだ。
(衝撃波でも簡単に晴らせない量の煙幕に乗じて逃げるつもりか!!)
『《衝撃》』
「《衝撃》!!」
テロリストは衝撃波を連発して煙を晴らそうとする。
カラン!
缶に躓いたような音がした。
「そこか!?」
テロリストはダッシュで音の発生源へ近づく。そして煙の中から何かを掴む。
「ぐっ!!」
それは秤だった。秤はKONGの左腕で握られて拘束されてしまった。
「意外と近くにいたな」
衝撃波を連発したせいか、テロリストは息切れしている。
「さあ、もう一人はどこだ?お前を殺してやりたいが、箱を開ける鍵だからな、半殺しで済ましてやる」
身体を締め付けられ、苦しい表情をしながらも、秤は笑みを浮かべる。
「何がおかしい?」
「いや、初めての戦闘にしてはうまくいったと思ってな」
「?」
秤の左手に何か握っているのを見つけ、秤の左手がちゃんと見える位置へと秤を持ち上げる。
「っ!!」
締め付けられた状態で動かされたので、秤は苦しい表情を強める。
手に握られていたのはスモークグレネードだった。
「馬鹿の一つ覚えだな。近距離で使っても無意味だぞ」
「初めてで加減が分からなかったが、そろそろだな」
「ゴフッ!!」
テロリストが突然、血を吐いた。
「俺に何をした!?」
KONGを装着しているため、表情は伺えないが、明らかに体調がさきほどよりおかしくなっている。
「お前の期待に応えて箱を開けたんだよ」
血を吐いたことで動揺して左腕の拘束を緩めた瞬間、秤はスモークグレネードを持った左腕をKONGの前に掲げる。
「エンチャント!!」
―数分前―
「解除コード『58732951』」
石動が呟くと、箱が開く。
「俺だけが開けられるんじゃないのか」
「点滅していたのは適合者だったからだ。箱は単なる適合者の判別装置と中身の保護に過ぎない」
石動は箱の中身を取り出し、秤に渡す。
「注射器?」
中身は液体の入った注射器だった。
「それが新型エンチャント『E-MAN』。人そのものがエンチャントを使用できるようにする薬だ」
「イーマン?」
「以前よりエンチャントの弱点はそのエネルギー消費だった。携帯できる武器に一度に使用できる回数は数回。バッテリーを大量に持ち運ばなければ長期運用はできない」
「だから、あのテロリストのようにパワードスーツにバッテリーを格納すれば長時間戦闘が可能になるのか」
「そうだ、だが、誰しもがパワードスーツを着ることは別のコストが掛かりすぎてできない。そこで計画されたのが、生命エネルギーを電源にすること。人体から生命エネルギーを直接チップに供給するのが一番効率が良いという研究結果がでた。それでも一度に人から供給できるエネルギーは限られている、ならばチップに供給するのではなく、人体そのものからエンチャントを発せられるようにできれば、栄養を取り続ければ無限にエンチャントを発動できるようになる。それが『E-MAN』だ」
「非人道的な研究だな」
もっともな批判を冷静に言う秤。
「ああ、その通りだ。改造人間を造るなんて許されるはずない。俺たちの組織はとある科学者に新型エンチャントの製造を依頼したら、提出されたのはこの注射器だ。うちのボスも俺と同じ甘ったれでな。即製造を中止させた」
石動はさきほどの秤の「甘ったれ」発言を根に持っているようだった。
「だが、製造されてしまった数本が盗まれてしまい、お前のところに辿り着いてしまったわけだ」
「そうだったのか...」
新型エンチャントの正体を知り、注射器を見つめる秤。
「本当に使うのか?確かにお前はそのエンチャントに適合することは証明されているが、使用の前例がなく、どうなるか分からないんだぞ」
「石動、俺もお前と同じで平和を願っている。お前の境遇は計り知れないが、俺も戦いたいんだ。俺とお前は価値観は違っても、辿り着きたい場所は同じだ。俺は見たい。自分の目で、その光景を。できるなら自分の手でその光景を作りたい。リスクを冒さなければ何も手に入らない。それに何もしなければこのまま殺される。」
決意を語る秤。その目は邪悪なものではなく、確かに信念のある目をしていた。
「お前が選択してくれたように、最高の選択はないのかもしれないけれど、俺も限られた選択肢から選ぶしかない」
そう言って、注射器を自身の腕に刺す。
「かはっ!!」
秤の身体に激痛が走る。
「そのエンチャントの効果は注射器に書いてある通りだ。エンチャントの中でも特段に取り扱いの難しい代物だ」
―現在―
「《毒》!!」
秤の叫びと同時に、持っていたスモークグレネードから煙がKONGに向けて放出される。
「何っ!?」
至近距離で勢いよく噴出される煙を浴び続けるテロリスト。
(コイツは倉庫から逃げた際、煙にむせていた。そもそもガス対策されていない構造なのか、石動との戦闘でコックピットにも煙が入り込むようになったかは知らないが、少量でも毒ガスと化した煙を浴び続ければ、機動力を奪える)
《毒》のエンチャントを使えるようになった秤にとって、スモークグレネードは毒ガス兵器に等しい。煙がKONGのコックピットに浸透することを覚えていた秤は、毒がテロリストに浸透するまでの時間稼ぎのために、周囲を毒ガス兼煙幕で満たし、敵の弱体化を狙った。投げた缶に躓いて捕まってしまったのは誤算だったが、至近距離から大量の毒ガスを喰らわすことができたため、テロリストはもうまともに戦うことはできなくなっていた。
テロリストはKONGをうまく操縦できなくなり秤の拘束を解いてしまった。
「痛っ!」
放り投げだされるかたちで解放される。KONGの足元にストンと落ちた秤は、急いで立ち上がり、暴れるKONGから距離をとる。
『《衝撃》』
制御がうまくできない状態で、いつ接近するかわからない石動のために衝撃波を放つ。さらに周囲の毒ガスを晴らして、逃走しようとする。
(一杯食わされたのはムカつくが急いで解毒しなければ。新型が《毒》のエンチャントだったとはな。だが問題ない。直接触れなければ即死はないし、剣士のガキは満足に動けない。仮に近づけたとしても、衝撃波で吹き飛ばせる)
テロリストは毒の苦しみに耐えながら、KONGを走らせる。
「とか、考えてるだろうな」
秤はテロリストの思考を正確に予測していた。彼の手には《衝撃》のチップが握られていた。さきほど拘束が解かれた際にKONGの右腕から剥ぎ取っていた。即席で取り付けたのなら、簡単に取ることも可能なはずだと石動からアドバイスを受けていたのだ。そして、秤はそのチップを石動の方へと投げる。
「石動!!」
石動はすでに元々いた倉庫に密かに移動しており、その屋上から逃げるKONGと秤を眺めていた。
見事にキャッチした石動は《衝撃》のチップを自分の刀に貼り付ける。
―数分前―
「どうだ俺の作戦は?できそうか?」
投薬が完了した秤はKONGを倒すアイデアを石動に話す。
「素人とは思えない発想だし、危険だが可能だ。しかし、俺の刀に充電されているエネルギーでは出力が足りなくて、ヤツの装甲を斬れない」
「エネルギーならあるだろ。ヤツがうんとため込んでいる」
「?」
―現在―
石動の刀にはいくつものコードが付けられており、その先には、倉庫内にあったテロリストが数日前に盗んだ大量のバッテリーのチップが付けられていた。
石動は刀を遠く離れていくKONGに向けて振りかざす。
「《斬撃》+《衝撃》」
二つのチップが同時に起動する。
「《鎌鼬》!!」
刀を振りかざすと同時に発生した衝撃が空気の刃となってKONGへと放たれる。
「がはっ!?」
ズバッと、空気の刃はKONGの厚い装甲もろとも中のテロリストを切り裂く。KONGは走りを止め、その場に倒れ、二度と動くことはなかった。
衝撃波で近づけないのであれば、KONGがやっているように衝撃波による遠距離攻撃を行えばいい。遠距離攻撃の出力が足りないなら、バッテリーを大量に使って、出力を上げればいい。それが秤の作戦だった。
(エンチャントをエンチャントするなんて、素人が簡単に思いつくことじゃない、あいつは一体?)
エンチャントの応用として、同時発動することでその特性を融合させることができる。今回は大量のバッテリーで強化された《衝撃》を、刀を振りかざした時に発生した空気の流れを強化し、KONGへと飛ばした。それだけでは命中したKONGが吹き飛ぶだけなので、中のテロリストごと倒せるように、飛ばした空気弾に強化された《斬撃》で切断のチカラを付与して、KONGの装甲すら切り裂く飛ぶ空気の刃とした。
―数分後―
戦闘が終了し、二人は救助を待っていた。
「あと数分で迎えが来る。お前も一緒に来てもらうぞ」
「もちろん!秘密組織の秘密基地に行けるなんてワクワクするな」
「もうちょっと緊張感持てよ」
石動が秤の態度に呆れていると、急に秤が倒れる。
「村崎!?」
「ただの立ち眩みだ、ちょっと疲れた」
「薬の副作用か、もしくはエンチャントにエネルギーを使いすぎたのかもな」
それも後で検査すればわかると、倒れた秤に手を差し伸べる。
「ああ、もう後戻りはできない。善意のある組織なんだろ?俺の物語はここから始まる」
秤も手を出して、石動の手を掴んで起き上がろうとする。
「そうだな」
そんな青くさいセリフに応じる石動。
(こいつは本心から平和のためだと自身の正義を実行し始めるだろ。だがコイツの思考とコイツのエンチャントの組み合わせは危険だ)
内心で秤をどうしていくか考える石動。
「俺は超能力を手に入れた素人にすぎない。色々レクチャーしてくれよ先輩」
笑いながらちゃかすように、お願いする秤。
(コイツの甘ったれた考え方はいつか俺の邪魔にもなるだろうな。)
内心で石動をどうしていくか考える秤。
(狂信者のような歪んだ正義)
(理想だけで世界は救えない)
二人はちょうど、握手をしている状態になっている。友情を絵に描いたような光景だが、二人の心は同じ方向を向いているだけで、交わることはない。
((いつか、コイツを殺すことになる))
辿り着きたい結果は同じだが、考え方がバラバラな二人、今だけは思うことは同じであった。