第四話 ビギンズ その4
戦闘が始まって数分、石動は刃が通らない以上、KONGの攻撃を回避することに専念していた。
「どうした!逃げるだけじゃ俺は倒せないぞ!」
煽るKONG、その挑発には乗らず、打開策を探す石動。
(ヤツの言う通り、逃げるだけでは意味がない。ここは一つ賭けに出るか。腕の装甲は手甲部分が中心に強度が高くなっているはず。裏側からなら《斬撃》が通るはず。ヤツが衝撃波を出した後の僅かなインターバルの間に懐に飛び込み、一撃を与える)
チップの出力はチップにチャージしたエネルギー量で出力が増加していく。もちろん個体差はあるものの、高出力をだすには時間がかかるのが基本となっている。石動はチャージまでの僅かな時間に狙いをつけた。
石動は待った。敵が衝撃波を使ってくるのを。
「いいかげん潰れろ!!」
怒号とともにそのチャンスが到来した。
『《衝撃》』
KONGから機械音声が流れ、衝撃波が放たれる。
(今だ!!)
石動は衝撃波を紙一重の距離で避け、KONGの懐へと飛び込む。
「《斬っ!?」
懐に飛び込んだ石動は衝撃波を放った右腕の内側から《斬撃》を放とうとしたとき、右腕の裏側を見て驚く。
(チップが貼ってある!?右腕にあるということはまさか...)
チップを貼る際、強化したい箇所に直接つけるのが一番効率が良い。つまり、右腕に貼れば左腕の威力は落ちてしまう。しかし、KONGは両腕から同じ威力の衝撃波を放っている。石動はチップの希少さから、KONGの中心部に貼り付けていると思い込んでいた。
(左腕にもあるのか!!)
石動は左腕の方を振り向きたかったが、そんな暇を与えてくれない言葉が飛んでくる。
「《衝撃》」
今度は機械音声ではなく、テロリスト本人の声で放たれる。エンチャント発動の際には音声起動が主とされている。恐らくは石動のように勘違いして飛び込んできた敵を倒すため、普段は機械音声で、二撃目の起動には自身の声を使用しているのであろう。
石動は覚悟を決めて、再び刀を振りぬく。
「《斬撃》!!」
石動の刀はKONGの右腕を切断するが、石動の背中に向けてKONGの左腕のパンチがクリーンヒットする。切断された右腕と共に、石動の身体が吹き飛ぶ。
ガシャン!!
石動は倉庫内の物資に衝突する。
「ははははは!!引っかかったな。両腕にチップがあるとは思わなかったろ」
「ぐっ...」
吹き飛ばされた場所から石動が何とか立ち上がる。頭からは血が流れ、刀を杖の代わりにして何とか立っている状態だった。
「驚いたな。あの一瞬で背中にバリアを集中させたのか」
石動はここに来る前に二つのチップを装備してきた。ひとつは切れ味を高める《斬撃》、もう一つは全身をバリアで包む《障壁》であった。この《障壁》はかなり便利で製造しやすいチップであり、その名の通り、身体にバリアを張り、一箇所に集中させて防御力を高めることができるチップであった。石動がさきほどドローンの銃撃を受けても平気だったのはこのチップのおかげであった。
《衝撃》の威力は全身に展開した状態の《障壁》の防御力を超えていたため、石動はあの時、急いで背中に《障壁》を集中させた。なんとか致命傷になる威力を軽減できたものの、パンチの反動で吹き飛ばされたときは全身の《障壁》がほとんど機能していなかったため、壁に叩きつけられた衝撃は生身で受けるしかなかった。
なんとか即死を免れた石動ではあったが、満身創痍の状態で次の攻撃を回避する余裕はなかった。
「次はどーすんだよ!?避けられんのか!?」
KONGは片腕を失い、バランスをうまくとれていなかったが、ゆっくりと確実に、石動の方へと迫ってきていた。
その時、
カランコロン
石動とKONGの目の前に缶の形をしたものが投げ込まれる。
プシュー!!
缶からは勢いよく白い煙が発生し、倉庫内を煙で満たしていく。
「煙幕だと!?あのガキか!?」
投げ込んだのは秤だった。倉庫内にあったスモークグレネードを拝借して、石動のピンチを助けたのだった。
秤は煙幕の発生と同時に急いで石動のもとへと駆け寄り、片手に刀を持ち、石動を担いで逃げ出す。
「逃げるぞ!」
「お前...隠れてろよ...」
弱々しい声で秤を叱る。
「お前が死んだら俺がすぐに殺されるんだよ。俺の生存条件はお前が生きてることなんだ」
秤は出口の扉を開ける。外は秤たちが出てきたような巨大な倉庫が並列して住設されていた。人の気配はなく、どこかの郊外ということしか分からない。
「どこだ!?」
煙幕のせいで煙いのか、テロリストはゴホゴホと咳をしながら無作為に衝撃波を放ち、煙幕を晴らす。だが、煙幕が完全に消えた頃には、秤たちの姿は倉庫内にはなかった。
「逃げられると思うなよ!」
KONGは倉庫のドアを壊して、外へと飛び出すが、すでに秤たちは身を隠していた。
「石動、あいつを倒す以外に俺たちが生きて帰る道はない」
素人が考えてもわかると、秤は石動に向けて話す。
「だが、お前はこんな状態だ。そこであいつを倒す可能性を考えた」
「お前...いったい何を考えている?」
「この箱はどうやって使う?」
当初、石動が懸念していた状況の一つ。秤がこの箱を使うこと。最悪のパターンが今、実現しようとしていた。
「村崎...それはダメだ。戻れなくなる。お前には危険だ」
石動は秤という推定無罪の危険人物がチップを扱うことの危険性だけから拒否しているのではなく、本心から秤の身の心配をして言っている。
「詳しいことは分からんが、この箱の中身は俺なら開けられるものなんだろ?なら、この状況を打破するには使うべきだろ。」
秤の言っていることは合理的でベストともいえる。傷を負っている石動を担ぎながら逃げても、追いつかれて殺され、秤一人で逃げても、パワードスーツを装着したテロリストから素人が逃げ切れる可能性は少ない。石動が満足に戦えないのなら、新型エンチャントを扱える秤に使用させ、戦力増強し、敵を倒す。無謀にも思われるが、逃げ切れないのであれば、迎え撃つしかない。
「だが...」
石動は頑なに秤に箱を使用させたがらない。
秤は再びニヤリと笑い、
「石動、お前、甘ったれた考え方してるだろ?」
「何のことだ?」
「お前に一方的に俺のプロファイリングされるのは癪だからな」
仕返しだと秤は話始める。
「最初に出会ったとき、お前は語らなくていいのに、名乗り、わざわざ『善意のある組織』だなんて逆に信用されないかもしれないことを喋っていた。あれはお前なりの筋の通し方だったんだろ?」
「......」
無言で話を聞く石動。肯定も否定もしなかった。
「無理矢理奪うこともできたはずだ。けどしなかった。お前は一般人の俺であろうとも、説明して、納得したうえで箱を渡して欲しかったんだろ」
「倉庫にもちゃんと準備をして乗り込んでくれば良かったはずだ。相手の装備は分かってんだから、相性の良い武器を持ってくれば確実に勝てたはずだ。けどしなかった。人命を優先したからだ。」
「お前は良いヤツなんだよ」
「お前に...俺のなにがわかる」
静かに石動は怒る。だが怒るということは、秤の語ったことが正しいことを示していた。
「わからねえよ。お前はきっとひどい境遇の中を生き延びてきたんだろうよ。そうでもないと秘密組織のエージェントにはならないだろうしな。秘密組織のエージェントなんかやっているのに、お前は人助けを優先している。私情を捨て、任務に忠実にあるべきなのに」
「だったらなんだ!人として間違ったことはしていないはずだ。説教垂れるな!!」
声を荒げて、秤の胸ぐらを掴み、石動は反論しだした。
「俺は1人でも多くの人を助ける。こんな行き詰まりの世界で苦しむ人々を」
「だからだよ。お前はここで死ぬなよ。あいつに殺されればもう誰も救えないし、箱を奪わたら、また多くの人が犠牲になる。お前は俺が危険だからと、箱を使わせたくないんだろうが、いつも最高な選択肢があるわけじゃない。俺に渡すか、ヤツに奪われるか決めろ」
「っ!!」
秤は石動の胸ぐらを掴み返し、石動は選択を迫られる。最悪になるかもしれない選択を。
「さあ、決めろ!石動錬史郎!!」