第三話 ビギンズ その3
―どこかの倉庫―
「ここは...どこ?」
秤が目を覚ますと、手足は縄で縛られていた。周りには四足歩行型の犬みたいな形をしたドローンが10機ほど秤を囲んでおり、逃げられないようにしていた。どこかの倉庫の中のようだが、人通りに面している場所には位置してなさそうだった。倉庫内には武器やチップが入っていると思われる箱が無造作に、それも大量に置いてあった。出入口は正面の巨大な搬入口と横に付いているドアが一つ。当然どちらも閉まっている。天井に人が通れそうなガラス張りになっている部分があるが、道具なしで届く高さにはない。
秤がこれからどうしたものかと悩んでいると後ろから声をかけられた。
「やっと起きたか、叩いても起きねーから、もう始末しようか悩んでたとこだぜ」
物騒な物言いを言う男の方向を見ると、いかにも荒くれ者という感じがする体格の良い男が立っていた。後ろにはKONGが居たが、搭乗口と思われる部分が開いており、恐らくはこの男が操縦していたのであろう。
「さてと、色々喋ってもらうが、まず、お前は何者だ?」
「村崎秤。事件現場の隣に面している大学生です。爆発の時に事件に関わる箱を拾って、組織のエージェントを語る男に返せと言われました」
「!?」
男は拷問してでも情報を吐かすつもりでいたが、秤が思いのほか、ぺらぺら喋りだしたので驚いた。
秤は自身の知らない技術を扱う奴らを相手にするのに、丸腰、しかも縛られている状態で嘘をつき、バレたときの方が状況を悪くすると思い、事実を語った。
「俺もお前を拉致した後だが監視カメラを確認したからな、お前が哀れな巻き込まれたヤツってことは予想がついているが...」
この男は石動と違って、秤の真意に気づいていなかった。しかし、哀れな一般人に喋らすほどの情報がなければ秤は目撃者として始末されてしまう。絶対絶命の状況だった。
「お前を連れてきたのは正解だった」
「!?」
秤は男の言ったことが理解できなかった。一般人である自分に人質の価値も特段ないだろうに。
「あの場にいた適当な方を連れてきて、情報を吐かすつもりだったが、お前たちが話しているときの映像を確認して気づいた」
男は秤と石動から強奪した箱を取り出して、秤に見せつける。
「この箱、お前が持たないと点滅しないんだよ」
「!?」
「俺が持っても、お前が箱を渡したヤツが持ってる時も点滅しないんだよ。お前が持ってる時だけ点滅するみたいだ」
「そうだったのか」
点滅しているのは警告とか、不正に所持しているエラーのようなものだと思い、所持し続けたらマズいと思い、秤は事件現場に行き、箱の手がかりを探るつもりでいた。
(あの点滅は箱の所有者とか、箱の適正とかを示すものだったのか)
「せっかく、新型のエンチャントを手に入れたのに使用方法がわからないから困ってたんだが、手がかりを連れてきていたとは、俺は運が良い!」
「エンチャント?」
KONGが衝撃波を出した時もそんな言葉がでていた。秤には聞き覚えのない言葉だった。
「ん?ああ、知らねーよな。エンチャントのことなんか。エンチャントチップ。それがE-CHIPの正式名称だ」
「エンチャントチップ...」
E-CHIPの『E』はエネルギーの『E』だと世間的に思われている。秤はチップの真実に触れることができ、心の中で興奮していた。
「張り付けた対象を強化、効力を付与するチカラ、それがE-CHIPだ。世間じゃ便利なバッテリーくらいにしか思われちゃいないが、このチップはもっと面白い」
「そうか、だから《衝撃》か!パンチに衝撃波を付与したのか!」
「そうそう。察しが良いな、お前。太い腕を持ってるKONGと“衝撃”のエンチャントは相性が良いんだよ!」
機嫌良さそうに男は世界の隠された真実を語る。
エンチャント―対象を強化、全く別の特性を付与することができる技術。世間に出回っている万能バッテリーであるチップはこの副産物でしかない。事件の起きた工場は基本的にはバッテリー版チップの生産を行う工場であったが、裏ではエンチャント版チップを研究、解析を行う研究所であったらしい。エンチャント版チップの製作には莫大な費用がかかるため、敵組織からの強奪が頻発に起きている。チップの形や構造はどこでも同じ規格のため、というより研究すればするほど、どこの学者、研究員、エンジニアも、一番効率の良い形がチップ状にすることだと、行き着いてしまうらしい。よって、奪った瞬間に利用することができてしまい、鹵獲運用が横行している。
「話を戻すが、この新型エンチャントを使用するための鍵はお前にある。どうだ、見たところ、一般人だがチップには興味があるようだし、うちの組織に協力する気はないか。報酬もでるはずだぜ」
秤にとっては願ってもない話ではあった。犯罪組織側の人間にはなってしまうが、一般人という肩書きを捨てられ、チップの謎にも触れられる。自身の正義は知識を付けてから実行すればいいだけの話。石動側につければ最善なのかもしれないが、石動はそれを好とはしない態度をとっていたから、石動側につくのは諦めていた。
秤は悪魔の誘いに乗ろうとする。
「俺は...」
バリンッ!!
「「!?」」
秤が答えようとしたとき、天井のガラスが割れる音と同時に、聞き覚えのある青年の声がする。
「《斬撃》」
石動が天井から落ちてきた。恐らくは屋根上にもいたであろうドローンと共に降りてきた。しかし、落ちてきたドローンは原型を留めておらず、鋭利な刃物で真っ二つにされた残骸として落ちてきた。石動の腕には日本刀と思わしき大型の刃物が握られていた。
石動は綺麗に着地をとり、秤の方へと走りだす。秤と石動の距離はおよそ10メートル。テロリストの男は石動が落ちてきた時にはすでに行動しており、KONGの方へと駆け寄ろうとしていた。だが、秤は縛られている身でありながら、全身を使ってテロリストに体当たりをした。
「ぐっ!?」
体当たりの衝撃で箱を落とす。テロリストとしては、体当たりしてきた秤を殴り殺し、箱を回収したいところだが、武装をしていない状態、しかも石動が迫ってきているとなれば、KONGの方へと逃げるしかなかった。
「足止めしろ!!」
石動の走りを邪魔するように、周囲にいたドローンは石動の方へと寄ってくる。ドローンに搭載された銃火器はすでに石動に向けて射撃を行っていたが、石動に命中しているにも関わらず、石動は傷ひとつつかず、刀をドローンたちに振りかざす。
「《斬撃》」
石動の発言と同時に振りかざされた刀はドローンたちを一刀両断する。柔い金属でできていないであろうドローンを紙でも切り裂くかのようにバラバラにしていく。
石動は秤の元にたどり着く。倉庫内にいたドローンは移動までの数秒で全滅していた。
「凄い...」
落ちていた箱をまず拾い、秤の感想を無視して、石動は秤を縛っている縄を切っていく。それと同時に秤に付けていた発信機を秤の目の前で回収する。
この発信機は盗聴機の機能も搭載されており、秤とテロリストの会話は石動に筒抜けだった。
「こっち側についたつもりか?やっぱりお前は危険すぎる」
石動は秤に盗聴機の説明をしないが、何か装置を付けられていた事実だけで、秤も察した。自身が犯罪組織に身を寄せようとしていたことがバレていることを。
「俺なりのベストアンサーを選んだつもりなんだが」
自身の正当性を主張する秤であったが、
「人の勧誘を無視して体当たりしてくるとはいい度胸してんじゃねーかクソガキ!!」
再びKONGを身に纏ったテロリストが近づいてきた。装甲で顔を見えないが、明らかに怒っていた。
「話はあとだ。隠れてろ」
石動も話を切り上げ、KONGへと駆け寄っていった。
『《衝撃》』
KONGも石動に目がけて衝撃波を放つ。KONGには衝撃波に指向性を持たせることもできる機構が備わっていた。
その衝撃波を石動はなんなく躱し、さらにKONGへと接近する。
「ちょこまかと!」
「《斬撃》」
今度は石動が刀を振りかざし攻撃する。
「!?」
しかし、先ほどのドローンのように真っ二つにはならず、刀を当てたKONGの腕はキズがつくだけであった。
「この腕の強度は特別製だ。いくら《斬撃》のチップでも、お前の刀じゃ出力不足だ」
KONGは喋りながら、その剛腕を石動に叩きつけようと何度も振りかざす。石動はそのパンチのラッシュを紙一重のところで回避し続ける。一発でも当たれば普通の人間はぺしゃんこにされるだろう。
その攻防を秤は傍らから眺めていた。
(そうか、あいつ、不十分な装備で乗り込んできたのか。居場所は分かってるんだから、ちゃんと準備してくればいいのに...)
冷静に分析を行っている秤。一般人である秤がいきなり殺し合いを眺める状況に陥っているわけだが、それを平然と見れていることが、秤の異常性を物語っていた。
「そうか!あいつ...」
ニヤリと。
何かに気づいた秤は邪悪な笑みを浮かべた。