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エンチャント  作者: might
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第二話 ビギンズ その2

秤は笑顔で両手を挙げて降参のポーズをとる。その笑顔はこの殺伐とした雰囲気には似合わない。石動は受け取った小箱を右手に、左手はコートのポケットから拳銃を取り出す。秤につき付けはしないが、それは秤への警戒を示している。秤へわかるように。


「正直な話、俺はお前が恐ろしい。お前には壮絶な過去があるわけでもない。宗教家でもなく、独特な思想を持っているわけでもない」

 

(そして、拳銃を取り出したことに眉一つ動かさないこともな)


 秤は両手を降ろし、自由にし、笑顔をやめる。


「その小箱が降って来た時、千載一遇のチャンスだと思った。だが実際に拾ったのは使い方の分からないものだった。チップだったら良かったんだけどな」


「チップを手に入れたとしてどうするつもりだった?自宅に兵器でも隠し持ってて、そのエネルギー源にでもするつもりか?」


 石動はそんなはずはないことは確信しているが、仮説を立てて尋問する。他に考えつかなかったからだ。石動には、否、誰が対峙しても村崎秤という男の全容が全くわからない。


「E-CHIPの解析がしたかった。箱に『CHIP』と書いてあるから、拾ったのに...」


 残念そうに秤は語る。


「あんたの言う通り、俺は素人だ。秘密組織のエージェントでもないし、壮絶な過去もなければ、宗教家でもない。けど、誰だって生きてれば少しは思うだろ」


「何をだ?」


「世界を良くしたいって」


「??」


 石動は困惑する。


「けど、俺は一般人だ。一般人が世界と向き合うにはやっぱりチカラがいる。俺が考えるなかでもっとも強く、簡単に誰でも持てるチカラがチップだった」


「まさかそのために工場の隣にある大学に入ったのか?」


「そうだ。ついでにあの大学はチップ研究もしてるしな。工場への侵入ルートとか模索していたんだよ」


「いつ、その結論に至った?」


「一年前、受験生真っ只中の時に」


「どうしてそう思った?」


「ふと思ったんだ。試験勉強中に。世界を変えたいなと。チカラを手に入れるならチップだと思った。いきなり志望校を変えたから担任の先生に迷惑かけたな」


異常だった。わけが分からないがこの男は危険すぎる。この男との接触をすぐに中断し、監視する必要があると石動は考えた。


(危険だ。目的と動機が幼稚園児のように甘い考えだが、決断してからはちゃんとした計画をして行動している。こいつが俺たちのいる世界に関わらないようにしなければ。チカラがなければ無害な一般人の枠をでない。監視しなければ。一番の問題は()()()()()()()()()()()()()()()()()


「??」


 少しだけ石動は黙って考えるつもりだったが、秤から見れば思いのほか沈黙が長かった。なぜなら石動の頭の中には秤の危険性、自身の所属する組織の利害を考えるよりも、秤に対しての怒りが湧いていた。


(こいつは自ら、一般人であることを捨てようとしている。漫画やアニメのキャラクターに憧れて、キャラクターの行動を真似るようになる、戦争ゲームをして戦争をしたくなる、日常にない刺激を好奇心で求めようとする考えは誰にでもあるだろう。だが、こいつはそれを実行しようとしている。目の前でテロに巻き込まれて、危険性は知ったはずだ。銃を持っている俺は一般人にとってはそれだけで脅威のはずだ。生きるために言葉を選ぶべきなのに、こいつは俺に対して惚けるのを貫くでもなく、正当性云々を無視した助けと許しを請う姿勢になるのでもなく、夢を語りやがった。自分から危険の中に飛び込もうとしている。世界中に一般人という立場を求める人間がどれだけいると思ってやがる。こいつはそれを捨てようとしている)


 沈黙が待てなくなった秤は、

 

「そんで、俺はどうなる?秘密組織に連れ去られるのか?警察に逮捕されるのか?それとも殺されるのか?」


 一般人であり、監視カメラの映像だけでは被害者でしかない秤を逮捕することはできない。石動の組織に司法に圧力をかけて一般人を逮捕するようなチカラはない。無理矢理拉致することも、まだ無害な一般人である秤を殺害することもできるが、石動はそんな真似をする人間ではなかった。


「俺はそれを判断する立場にいない。任務は箱の回収だけだからな」


 怒りを顔に出さないように努力し、石動は話を切り上げて、この場から去ろうとしたとき、


 ドォン!!


 突如、石動と秤の近くに衝撃音が響いた。


「「!?」」


 二人とも驚いて衝撃音のした場所を見ると、そこには巨大な金属の塊があった。上から降ってきたのが容易に予想できるほどに、その塊の下の地面は陥没している。鉄の塊は動き出し、形を変えた。それは単に丸まっていただけであり、人の形をしていた。3メートルはあるであろう金属のボディを纏った巨大なゴリラがイメージされる姿だった。


「『KONG(コング)』か」


 石動が呟く。その目はさきほどまで秤に向けていた警戒の目ではなく、敵を補足している目になっていた。

 『KONG』―それは近年に開発された軍事用パワードスーツである。分厚い装甲と大木のようなアームで敵に近づき殴り殺すゴリゴリのパワー系武装の一つであった。


(工場を襲ったのもこいつだな。狙いは俺と同じ、こっちの武装は拳銃のみ...)


 石動は冷静に分析するが、誰の目から見ても勝ち目のみえない状況であった。


 《エンチャント“衝撃(インパクト)”》


 KONGから機械音が聞こえ、KONGはアームを振りかざし、地面を殴る。


「!?」


 秤は意味が解らず困惑する。


「まずい!!」


 機械音の意味がわかった石動は急いで秤に駆け寄ろうとする。しかし、秤に触れようとするよりも先に、アームに殴られた地面から衝撃波が走り、秤と石動は吹き飛ばされた。


―数分後―


「痛っ」


 石動は吹き飛ばされた衝撃で気絶していたらしく、身体中のあちこちが汚れており、傷を負っていた。幸い命に関わる傷は負っていなかった。石動は状況確認のために周囲を確認する。

 まるで爆弾でも投下されたように、KONGのアームによるパンチで抉れた地面、その衝撃波によって周囲にも被害が及んでいる。周りに野次馬と警察官が集まっており、石動は担架の上だった。KONGの姿はなく、秤の姿も消えていた。


(連れていかれたか、しかも箱も奪われた)


 石動は衝撃波が起きた際にはまだ箱を片手に持っており、しまっておらず、気絶と同時に落としていた。


「くそっ!連絡だ!」


 石動は担架から飛び降り、走り出す。


「ちょっと!?まだ動いちゃだめだ!」


 担架を担いでいた救急隊員が制止しようとするが、石動は止まらなかった。ポケットから通信端末を取り出し誰かに連絡をとる。


「俺の装備は!?」


『刀とシールドと“斬撃(スラッシュ)”だけならもう送ってる』


 通信端末から女性の声がする。


「十分だ。どこに行けばいい」


『応援がくるまで待ってて』


「待てない。待っていたら誰かが死ぬ!」


 石動は通信相手を説得し、装備の受け取り場所を聞く。


『KONGの居場所はわかってるの?』


「気絶する前に村崎秤に発信器を付けることがなんとか間に合った。そっちで位置情報をマークしてくれ」


『了解、気を付けて』


 通信が終了し、石動は足取りをさらに速めた。

 “誰かが死ぬ”石動は通信中にそう言った。連れ去られた秤が殺されるのではなく、誰かが死ぬのだと。

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