32話 浅倉千里という人間
俺は逃げたのかもしれない。
思わずフウカのいるところから逃げてしまった。
俺は昼飯、まだ食べていないし、お腹が空いているだけだ。
脳に栄養がまわっていないだけだ。
俺はそそくさと教室に帰ろうとした。
「新起君、ここでなにしてるの?」
俺がそそくさと歩く中、途中で仲裁してきたのは浅倉千里だった。
お昼の廊下で浅倉は選挙活動中のようだ。
まわりを見渡すが丸香澄はどうやらいないようだ。
もう一度目を凝らして確認する。
あいつは隠れるのが上手いからな。
本当にいないようで安心する。
「ちょっと、どこみてるんの。私の目をみなさい。」
浅倉千里に俺はガッと肩をつかまれて、目を見るよう促される。
大きな瞳、優しそうに包み込んでくる。その眼を見れば見るほど俺の中の心が何かに乱されるのが自分でもわかる。
「はっ。」
思わず我に返り、俺は顔を赤く染める。できるだけ浅倉に顔を見られないようにする。
「どうしました新起君?」
浅倉は前髪を右手でかき分けながら、俺の顔を覗き込んでくる。
「ちょっと、ちょっと!!!」
「ちゃんと、私の目をみなさい。」
なにやら決め台詞のようになってはいないか?
そのような感想を俺は抱いてしまった。
それはさておいて浅倉の目を見続けるというのは難しい。
すぐに引き込まれそうになってしまう。
凝視できる奴なんてイケメンの今永くらいのものだろう。
浅倉千里は自分の美貌の良さを自分で認識そびれているのだろう、もしくは男の心というものを理解していないのだろうか。
「新起君、ここで何しているのよ。フウカさんの応援演説はいいの?」
いきなり痛いところを突かれてしまった。
さすが浅倉千里だ。という感想と、やばいという感想だ。
「えーーーとですねーー。」
なんとなくの間をいれることでごまかしをかける。
「なに。上手くいってないの??」
どこまでも鋭い人間である。俺は今そんな表情をしてしまっているのであろうか?
人のことを読み解く能力にフウカは優れているのだろう。
それでないと、人に信頼される人間にはなれないのだろう。
「ふーーん。まぁ、男の子と女の子だもんね。いろいろと食い違う所があるよね。」
フウカの敵にあたる浅倉に、なぜ話を聞いてもらってるんだろう。
タブーというのを犯している気がした。
ただ、今の俺の周りにいる人間で客観的な視点から話してくれるのは浅倉千里だけかもしれないとも思った。
「フウカちゃんに、いろいろ思う所はあるかもしれないけど。それは、いい感情だよ。」
にこやかな表情で俺のことを見てくる。
何やらすべてを見透かされているよう。
俺はなんと返せば良いかわからない。
ただ、フウカに対しての不満みたいなものは・・・
「すみません。業務に遅れてしまいました。」
俺と浅倉の2ショーットを邪魔しに来たのは丸香澄だった。
「あっ、丸ちゃん。用事があるならいいって言ったのに。」
「いえいえ。全然大丈夫でこざいます。」
突然現れた丸香澄に、俺は少しビビッてしまう。
この女はWHO(私のフウカを押し倒す)に所属している。
フウカが人間でいるように、生徒会長になることを妨害しようとしている。
しかし、丸香澄本人は生徒会長になろうとしない。
自分は献身的に浅倉千里をサポートしているという風な感じを出しておきながらも、
浅倉千里を裏で操っている存在である。
「あっ、じゃあ俺は。これで。」
「なんでですか、カミ君。わたしがいると邪魔ですか?」
なにやら愛おしいそうな声で、俺にストップをかける女の名前は丸香澄である。
昨日の出来事から俺は何となく丸香澄を避けたくなっていた。
悪魔の三森に怒る表情というのは今でも目に焼き付いている。
その光景は一日たった今日でも忘れていない。
だから、さっさとその場を立ち去りたくなっていた。
「いや、俺、フウカの手伝いに行かなくちゃ。」
そのように頼まれてはいないが、そういうことにしておこう。
ささっさとそこから逃げる理由を提案する。
「そうですか。じゃあ、しかたないですね。」
俺はそのままの勢いでその場をさり、フウカのところに再び向かった。
さっきはフウカのいる場から去りたいと思い。
今は丸香澄のいるところから逃げたいと思う。
俺はビビりなのだろうかね。
それとも、危機管理にたけているのだろうかね。
昼休憩が終わる10分前だからであろうか。
食堂は先ほどより空いてはいるが、フウカの周りはまだまだいっぱいだ。
「この学校を私は必ず良くします。空歌フウカをよろしくお願いします。」
「あい。あい。」
周りは男ばかりなのが気になる。
人は多いが、女子は一人もいない。
みんなフウカが可愛いから、見た目が良いから近づいているだけではないかと思う。
俺がフウカに抱いていた、嫉妬みたいなものはなんだっただろうか。
しっかりと選挙活動をしなくてはいけない。
俺はフウカが神様でも、悪魔になることも、反対である。
ただ、フウカが本来願っていることを叶えられないのは、良くない気がしていた。
フウカが満足して人間のままでいたいと思えるかどうかは、
彼女が満足するかどうかだと思う。
そして、今俺が彼女を満足させるためには、生徒会長になってもらうしかないだろう。
だから、俺は頑張るしかないと思った。
「フウカの応援よろしくお願いします。」
腹から大きな声で俺は叫ぶ。
みんながこちらを向いていることに緊張感をもちつつも、
俺は頭を下げ続ける。
「何してんのよ、カミ。しっかり私の良いところをアピールしなさないよ。」
「えーと、フウカさんのいいところはですね~~。」
何をしても俺はフウカに怒られている。しかし、こんなもんだろう。
怒られている内が花という言葉があるほどだととらえておこう。
「しっかりと言いなさいよ。私の良いところ100個くらい言いなさい。」
俺はその言葉が、耳に入るとともにフウカの顔を覗き込んでしまう。
100個なんてあるわけねぇーでしょうよ!!
という率直な疑問をもちつつも、しかたなくなんとか絞り出そうとする。
えらい、俺えらいよ。
「フウカさんのいいところは1つ目は、リーダシップが取れるところです。誰よりも本人が自分のことを好きでいる。中々自分のことを好きになるというのは難しいことだと思います。だが、フウカさんはそれができる。素晴らしいと思います。」
キーンコーンカーンコーン
予鈴がなった。
助かった。




