2話 空歌フウカという女
少し肌寒い。
身体が硬直している感覚………
しかし凍っているわけではないから、俺の意思を働かせて脳に指令を送る。
足が動いた。右足の膝を地面につける。
その体重を上半身へと移動させる。
手も動いた。
右手に俺の体重を持ってくる。
動いた。動くぞ。動く。動く。動く。
死んだはずの俺の身体が動いている。
その勢いに任せて目を開けた。再び眼輪筋に力を込める。
まぶたの開く感覚。俺の目の中に光が入ってくる。
グッ!!!
となるかと思ったが、薄暗い。
思った以上に、眩しいといった感覚にはとらわれなかった。
見える。見える。見えた。俺の目は確かに見えた。
しかし、そこは見たこともない世界だった。基本的に辺りは暗い、夜だろうか。
その暗闇を明かりがポツンポツンと、この薄暗さを演出しいるのは、提灯の灯り。
祭りでよく見る提灯だ。それが無限に縦に2列に並んでいる。
「どこ?」
たしかに目に光は差し込んだ。
だがしかし、眼前に広がる世界は見たことのない奇妙な空間。
薄暗く、灰色の亡霊が今にもでてきそうだ。 何の音もしない。静寂だけが残存する世にも奇妙な空間。
不気味な場所だ。
建物が無い。家もない。コンビニもない。道路もない。山もない。草もない。水もない。空もない。
ただ床?みたいなものが続いているだけだ。そこを提灯が照らしているだけ。
死後の世界というやつなのか………
「おはようございます。」
「うわっ!!」
背後からの声に思わず驚く。
「なんだ・・・」
突如声をかけられ驚いた。さらに、声をかけてきた者の姿見に恐怖してしまった。
外国で生産されていそうなお面?独特の文化をふくんだ、物珍しいものを顔につけている
目の前にいるやつは手はスラッと、足もある。
しかし、3頭身くらいの姿見。
「はじめまして。私は扉の案内人、ハミュといいます。よろしくお願いします。」
丁寧な語り口調でお辞儀をしてくる。こちらまで自然とお辞儀をしてしまう。
こいつは一体なんなんだ?この空間?この物体?一体なんなんだ?
「ここはいったい。どこですか?」
俺としては珍しい、相手の身柄も確認することなくこんなことを尋ねるなんて。
それくらい俺は、この状況に困惑しているのだろう。
「ここですか?ここはたわいも無い場所ですよ。」
たわいも無い場所と言われても、こちらが困る。
「いや、建物もない。草もない。どこかのホールの中かと考えたけど、いくらなんでも広すぎる。」
「ここはですね、死後49日経って成仏できない魂がやってくる場所となっています。」
うん?ちょっと待て。今の一文はさっと流してしまうことはできない。
しっかりと俺の脳で考えなくてはならない。
まず、俺は死んでしまったんだな・・・。この変な生き物は「死後」と言ったからな。
そして死後49日経った後、どこかで聞いたことがある気がする。死んだ人の魂が、どこかの世界へ旅立つ日と聞いたことがある。49日目までは、もといた所に魂は残るらしい。しかし、49日目に旅立つ。
それを成仏というらしい。
しかし、バミュは俺に成仏できなかったと言った。成仏ができない。成仏ができない。
いや成仏しろよ、オレッ!!
「祓野さん?大丈夫ですか?」
「あっ、大丈夫です・・・・・・」
ただ、なんというか。まだ、信じられかった。ついこの間まで、普通に暮らしていたから。
いきなり死んで、いきなり変な場所に居て、四十九日で成仏できないって言われたのだ。
初体験の連続である。
「ここのご説明してもよろしいでしょうか?」
「あっ………、説明?」
「大丈夫ですか?凄い顔してますよ。」
ハミュは鏡のようなものを俺に見せてくる。意外に、俺の顔ってイケメン?
というのは置いといて、
「成仏できないって、やはりまずい事なんですかね?」
「そうですねーーー。大体の人間様は、成仏されますね。」
大体という曖昧な表現に俺は少しイラっとした。明確なナンバリングが欲しい。
「具体的な数字で言いますと??」
「えーーと、大変言いにくいのですが、98%の人間様は成仏されます。」
今になって、このバミュとかいう3頭身野郎の、ニヤニヤお面に一撃を食らわしたくなった。
本当に、大体の人間じゃないか。ビックリする。まぁ、一種の逆ギレというやつか。
「なんで俺は成仏出来てないんですか?」
「成仏できない人には、特徴があります。」
特徴、俺の特徴・・・無い気がする。
「成仏できない人は、1度目の人生を楽しんでいない人が多いです。」
え・・・・あっ、それ、俺だ。
俺は明確にそこに当てはまる。悲しいお話である。
「俺は一体どうなるんですか?」
「もう一度、人生をやり直してもらいます。」
「やり直し?どこか別の人物、別の世界に転生されるとかじゃなくて?」
「はい。そういうのではないです。」
おかしいな。死んだ後って、俺ツヨ最強キャラとか別の生き物とかに転生して、
その世界で楽しく過ごすことができるんじゃないのか。
聞いてた話と違う。
「祓野新起さんは、そのままの姿で、元の世界と戻られます。」
「俺の、このしけた面、イケメンでも不細工でもない地味な顔で戻るというのか。」
「自虐ネタほりこまないでくださいよ。笑っちゃうじゃないですか。」
いやいや今のは冗談で言ったんだけどね。
ってことは、やっぱり俺はシケ面なのかな?
え?
「申し訳ないですが行っていただきます。ただ、その場所は前の場所とは異をかいします。祓野さんの元の家族は誰一人いなければ、旧友だっていない。知らない街並み。一見同じように見えても、そこは新たなる世界です。」
てことは、もう会えないんだな……………。そこは割り切るしかない。死んでしまった俺が悪い。
「でも、俺はそこで何をすれば良いんだ?」
「その件ですが、特にこちらから指示することはないです。」
「えっ、目的ないの。」
ゲームをするのが楽しいのは明確な目的があるから。ボスを倒し世界を救う。
目の前の敵に勝つ。誰かに告白する。
目的があるからこそ、行動を起こそうとする。めんどくさいこともする。
「私達から申し上げられることは、2回目の人生は楽しんでくださいということだけですね。」
お面を被ってるから、こいつが笑ってるのかはわららない。ただ、トーンは俺を応援してくれているようだった。
「それでは、再出発の準備をしますね。」
そう言うとハミュは、懐から分厚い資料を取り出してパラパラとめくり、
あるところで止めて何かを書き出した。
おそらく俺のデータか何かを書いてるのだろうか。
「はい。書き終わりました。」
そう言うと途端に目の前に、1つの扉が現れた。人一人が入ることのできる木製の扉。
「ここに入ればいいんですね。」
案内人ハミュは、コクリと頷く。
「行くしかないんですね。」
案内人ハミュは、コクリと頷く。
俺の足は震える。
もう一度あの世界に行くのか。
楽しいことなんてあるのだろうか。
何もないんじゃないか。
誰もいない世界。親もいない友達もいない。
そんな孤独の世界で俺に何ができる。
何を楽しめと言うのだ。
俺ができるのか?
できるのか?
できるのか?
「もう一度、私を現世に戻しなさい!!!!!!!!!!」
突然、騒音のような大きな声が耳に入ってきた。
思わず振り向いてしまった。
「すみませんが、どちら様でしょうか?」
案内人ハミュは、突然やってきた女に応対する。しかし、彼女は激怒していた。
止められない。
「私は成仏なんてしたくない。私を現世に戻しなさい!!!!」
何やら若い女、俺と同じくらいの歳だろうか。
きれいな姿見。
金色の長い髪色とそれと対照を作る小さな顔立ち。
一目でわかる美人だ・・・・・・
しかし、尋常なほどに怒っている。
「すみません。お名前伺ってよろしいでしょうか。」
「空歌フウカ。」
案内人ハミュは、先程の分厚い資料を再び迅速にめくる。
「空歌フウカさん……………。あなたは成仏後、天国行きじゃないですか。なんでわざわざ、
天国は良いところですよ。山や海などの自然に溢れているところもあれば、オシャレや食事が自由にできるところなど、働かずとも自由気ままに楽しむことができます。」
すごい、さすが天国だ。
そんなに楽に暮らすことができるならば、何とも幸せなことであろうか。
俺はぜひとも天国に行きたいと思った。
現世に戻るのが怖かったのもある。
しかし、その女は違った。