馬鹿
サブタイトル思い付かなかったので、『そう言えば、書いているとき、馬鹿だなぁって思ったな』ということで、サブタイトルを『馬鹿』にしました。
深い意味はないのですよ。
◇◇◇
「この刀の銘は、【焉黑】。全てを闇へと還す刀」
そう彼は言った。
勿論、鶴乃──鶴乃の体を乗っ取った情報体は、その刀のことを知らない。知るはずが、ない。
「・・・なぜそれを・・・そんなものを貴方が持っているのですか?・・・この状況下において、その質問は無意味ですけど」
「いいや?無意味ってわけでもないぞ?相手のことを知るってのは、重要なことだからな。だが、なぜ持っているのか、っていう質問に対しては、黙秘する」
「重要な情報だから、ですか」
「違う。──面倒臭いからさ」
彼は、カカカ、と嗤った。
「まあなんだ。この剣は、な。形見っつうもんなのさ。ま、果たしてこれが形見になるかは、わからないけれど」
「そんな刀を形見と呼べるはずがないでしょう?」
それもそうだ、と彼は嗤った。
剣は基本的に、素材そのものの色が出ることが多く、そして赤などの色が出たとしても、【焉黑】のような漆黒の刀は、希少なのだ。
──そもそも。
そもそもの話だが、剣の素材で黒色のものはない。だから、染めるかしなければ、黒色にはならない。けれどそれは、紛い物に過ぎず、本来の黒色の剣のような色は出せないのだ。
だが、と。
彼は言った。
「それは、この刀が、人間の手によって作られている場合の話だけれど。つまりは、人間の手によって作られていなければ別だろう?」
魔力を練って生成された、刀。それをつくれるのは、人間以外の生き物にかぎる。
では、人間ではない者とは──なにか。
鶴乃を乗っ取っている情報体は思った。この人は、なにを言っているのか、と。この世界において、人間と同等の知性を持つ者はそうそういない。いたとしても、無理である、と断言できた。
突然だか、この世界の約六割を人間が占める。では、残りの約四割はなにか。それは、人間たちが生物と定めた生き物たちだ。猫、犬、鼬、針鼠等の動物、精霊飛蝗、蝸牛被、壁蝨、鍬形虫等の虫、扁桃、仙人掌、金木犀、土筆等の植物。(適当に選んだので、これにした理由は特にない。)
しかしそれだけでは終わらない。あとふたつ存在する。
ひとつは──魔生物の存在だ。
魔生物の中にも種類がある。小鬼族等の魔物、凶岩堅呈や狂迅殲狼等の魔獣。
そしてふたつは──魔族だ。魔獣が人に近い存在になった獣人、そして、人間にただの耳と尻尾を生やしたような、獣人よりも人間らしい亜人。最後に──伝説と謳われた、吸血鬼。この五つである。
獣人、亜人、吸血鬼を魔物扱いするのは違うので、魔族という扱いになる。
さて、話を戻そう。
知能を持った生き物は、人間と獣人、亜人、そして吸血鬼の四種だけだ。動物でも、人並みの知識を持ったものもいるが、人間のように何かをすることは不可能。
しかし、現代において、獣人亜人は、人間と干渉してはいけないことになっている。
となれば、それを破ったことになるわけだが、だが、それはただの憶測でしかなく、情報体は「絶対そうである」とは言えなかった。
そして吸血鬼だが、こいつはこいつで少し厄介だ。吸血鬼は基本的に、人間の血を吸うことで生きているということになっている。つまり、吸血鬼に逢えば、食糧となってしまうだろう。そう考えると、この考えも妥当だとはいえない。
思えば、情報体も人間ではなく、他類の生物である。だが、間違ってはいけないのは、情報体は地球上の生物ではないということだ。
それに情報体に干渉できたとしても、肉体を持たぬ彼らには剣を打つなどという作業は出来ない。なら、肉体があれば・・・そう思うかもしれないが、そんな単純なことではない。
情報体とは、情報によって構成されていて、情報がなくては生きてはいけない。そうものなのだ。
肉体を乗っ取るとは言っても、厳密に言えば、脳に干渉しているだけに過ぎないのだ。
だから、乗っ取るというよりかは、借りていると言った方が、まだしっくりとくる。
肉体の持ち主の能力が優先されるので、人間の体では、剣は打てないのだ。
「さて、答えは出たのか?考えるだけ無駄だと思うけど。獣人とか亜人とかに干渉してねぇし。いやまあ、元は俺のじゃないから信じないとは思うが。この刀ができたとき、その場に俺もいたんだがな」
さらっと、とんでもないことを言った。
情報体はそう思った。
「(その場にいたですって?じゃあ、この人は、刀を作った人を知っている?)」
「なあ、考え中のところすまんが、この後用事があるんで、お暇させていただこうとおもうんだけど。用事っつっても、寝たいだけなんだが・・・・・・戦うか?」
面倒臭そうに彼は言った。絶対に勝つ自信がある気に。
そして彼は、刀を腰にぶら下げた鞘に刀をしまった。
「どういうことですか。戦うかと聞いてにもかかわらず、刀をしまうのですか」
「しまおうがしまわないが、お前は、戦わない気だったろ?どうやっても勝ち目がないしね」
「ぐ・・・」
「あれだよね。そう言われると、意地はったり、反抗したりしたくなるよな。そんでもって、戦うとか言い出して。ああ、勘違いするなよ。別に誘導させようとか思ったわけじゃない」
「・・・・・・」
情報体は黙りこんだ。
風が吹いた。然程強くはない風だったが、情報体──鶴乃の髪が揺れた。
彼は相変わらずモザイク掛かっていて、表情は読み取れない。が、退屈そうにしているのだろう──表情などは読み取れなくとも、そういう雰囲気が出ている。
「なぁ、そろそろいいか?意外とマジで」
待っていた彼がしびれを切らした。
流石に誰もがそうなるだろう。
兎に角、と彼は言った。
「帰らせてほしいんだが」
なにしに来たんだと思うくらい、退屈そうである。
「・・・・・・ちっ」
情報体が舌打ちした。
「・・・運がいいですね」
なにがだよ!とツッコミそうになる彼は、それをセーブした。
いちいちツッコむと疲れるだけだな、彼はそう思った。
「えっと、なに?」
「《上》から退却命令が出ました。ですので、運がいいですね、と申し上げました」
つっこまねぇぞ、と。
彼は頑張った。
「・・・ぷっ」
おっと危ない。危うく吹き出すとこだった。
口に手をあてる彼。
「そ、そうか。こちらとして、っ、も有難いっ」
「・・・」
ばれてないか?ばれてないか?
ヤベー、吹きそう。
彼は、まだ堪える。
──話が終わらないので、短く纏めてみることにした。
どうやら、情報体の《上》とは多分、拝火教のことだろう。そいつが退却命令を出したらしい。そして、天河は置いて帰ってきていいとのこと。取り敢えず帰ってこいと。そういうことを言われたらしい。
情報体としても彼としても有難い話で、情報体は彼には勝てず、彼は帰りたがっている。その状況で情報体の《上》はいい判断をした。
「悔しいですが、今のわたしでは、貴方には勝てないようです」
おお、認めた。
彼は、頭を縦に振った。ブンブン、と。
「それでは、機会がございましたら、そのときは───」
───しましょう、影無し。
そう言い終えると、バタン、と鶴乃が崩れ落ちた。
どうやら、情報体が鶴乃の体から出ていったようだ。
「・・・影無しってなんだ?」
そう呟いた。
彼は、鶴乃の側に行き、抱き起こす。脈を確かめると、ドクンドクンとちゃんと脈打っていた。
ふう、と息を吐いた後、鶴乃をその場に寝かせ、天河の側に向かう。抱き抱え、鶴乃のところへ運び、下ろす。
「たっくよー。面倒臭ぇなぁ。バカがいなけりゃ今頃は、寝てたんだけど・・・。それよか、二人をどうすっかな。家は・・・鳴海がいるしなぁ。ま、いいか。説明すればいいし。ほっとくわけにもいかないね」
彼は、鶴乃と天河を脇に抱えると、足下に紅い魔方陣が浮かびあがった。
そして──しゅん、と。彼たちは、その場から姿を消した。
◇◇◇
俺は、鶴乃と天河を連れ、転移魔術で我が家へと帰還した。
転移先は、俺の部屋。リビングだと鳴海に見つかる可能性があるからだ。ま、どのみち言うつもりだけど、今晩は隠しておこう。とは言っても、鳴海は既に寝ているので、起きてこさえなければ問題ないのだが。
取り敢えず、鶴乃と天河をベッドに寝かせる。俺のベッドは、普通のよりも大きいので、二人くらい余裕で寝れる。
その後、部屋の電気を点ける間もなく、下へ降りる。
リビングは、俺が出ていった時と同じように暗かった。
・・・っと、そうだ。
確か、ここを中心に結界が張ってあったけ?
誰の仕業かわからないが、助かった。
というのも、鶴乃と天河を助けられたのは、この結界のお陰なのだ。
展開していた結界は、人払いの結界。
つまり、俺の家に近づけさせないために張ってあったということだ。
ということは、だ。俺か鳴海をターゲットに誰かが狙っているということが考えられ、それを誰かが阻止したということになる。
そこから推測するに、背後には何かがいる。そう結論付けたわけだが、あれは単なる勘でしかなかったのだろう。今になっても、なぜそう思ったのかが明白にわからない。
誰かが教えてくれた、そんな気がしてならなかった。ただそうであるというだけで、ほんとうではないのかもしれない。
誰かが教えてくれたのかもしれない、と不確定なことで行動を起こしていては、疲れるだけだ。だが、そのときの俺には、その情報が正しいと思えたのだ。まるで、過去に経験したように。
結界が張ってあったことがきっかけで今回は、事件をひとつ解決したが、今思えば、偶然だったのではないだろうか。
術者がどういう意図で結界を張ったにしろ、助かったのは紛れもない事実であり、感謝しなければならないのだろうが、そんな気分にはならなかった。
ま、術者が誰なのかわからないわけなので、感謝すると言っても、どうしようもないけれど。
さて、下に来てみてはいいが、何もすることがない。あとは、寝る一択だ。
だけど、なんか引っ掛かる。こう、もやもやするっていうのか、なんというか。
わからないということは、そこまでのことじゃないんだろう。
寝るか。
なんのために来たのかわからないが、いいだろう。気にしてもしょうがない。
俺は、部屋に戻る。
「あ、そういえば、ベッド使ってるんだった」
独りごちる。
押し入れに布団があったはずなので、それで寝るか。
ゴソゴソと押し入れから布団を出し、敷く。
オッケーオッケー。寝よ寝よ。
布団に潜り込むと、次第に視界がぼやけてきた。
おー、ねみー。
多分、それが最後の言葉だっただろう。
俺は、暗闇に落ちた。
◇◇◇
動けない。
朝、目が覚めると、何故か動けなかった。重みもある。誰かが俺に乗っかっているのだろうか。
手を動かし、起き上がろうとする。
ぷにゅん。
そんな効果音が聴こえてきそうなくらいに柔らかい何かが手に触れた。
そんなものあったっけ?ま、問題はないだろう。虫とかではないだろうし。そんな虫聞いたことがない。
そのまま起き上がろうとする。
ぷにゅん。
「・・・んっ、あっ・・・」
「・・・・・・」
ちょい待つ。今の声、なに?
女の子の声だったな。しかも色っぽい。
まさかとは思うけど・・・ベタな展開ですか?
そんなわけがない、とは言えなくもない。何故ならば、この部屋には、女の子が二人いるのだから。
無用心だったかもしれない。これはあくまで、夢の話なので、そんなことが起きることもあるはずなのだ。
とはいえ、既に起きてしまっている。
一人俺の上に乗っかり、片方は、俺の胸の中に顔を埋めているのだろう──で、どうすればいいと思う?
誰に聞くでもなく、そう思った。思っただけで、言葉にはしない。
ヤバいねこれ。どうしようもないね。無闇に動いたら、起きちゃうだろうし、動かないにしても、どちらにしろ危ない。
・・・というか、寝相悪くねぇか、こいつら。
ベッドから落ちてよく平気だな、おい。怪我はしなくとも、起きるだろ。・・・いや、俺は起きねぇな。人のこといえない。
取り敢えず、左手は動くようなので、スマホを探す。確か枕元に置いてあったはずだ。
っと、あったあった。
電源を点け、時間を確認する。
『五時九分』
こりゃあ、起きるのには早いわ。起きても何もすることがない。仕方がない、二人が起きるまで、このままでいようかな!うん。しょうがないのだよ、これは。間違っても、「キモい」とか「変態」とかいうんじゃないぞ。もう一度言うが、しょうがないのだ。大事なことなのでもう一度。しょうがないのだ。
・・・なんか、馬鹿だな、俺。
「ん・・・、おらー」
変なセリフとともに目を開ける。
どれぐらい経ったのだろう。起きるのにはまだ早いというわけで二度寝したのだが、今何時?
それと、重みが感じられない。しまった。二人とも起きてしまったのか!?
ぬくり、と起き上がる。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
おい。
やっぱ寝相悪すぎだろ!?お前ら!?
二人ともコロコローと、ドアの近くで寝ていた。しかも、抱き合って、だ。
いやいやいや、おかしいでしょ。もうさ、『可笑しい』ってレベルよこれ。
美少女なのに!。ヒロインなのに!!。いやまあ、サブヒロインだけれどもさ!それでもこれは、いけませんなあ。
「・・・くぅ、あべちゃ・・・」
何語ですか。
そうツッコミを入れた。入れてしまった。まあいい。
ちなみに、変なことを呟いたやつは、鶴乃と天河である。
シンクロ率百パーセント。全項目、オールクリア。外装遮光壁解除、暗幕壁解除、ホログラムトールイン───起動。
なんてね。ちょっとイタかったか?こういうの好きなんだよな、俺。覚えていてくれ。覚えなくていいけど、覚えていてくれ。──矛盾。
んーと、七時半過ぎか。鳴海起きてるかな?
さて、二人を起こそう。鶴乃のことは置いといて、天河に話を聞かなくちゃな。
「おーい、二人とも起きてくれ」
近くに寄って、起こす。
二人とも、唸りながら、寝返りをする。そのまま、起きているかのように、俺にしがみついてきた。勿論、二人ともだ。
俺の両腕に柔らかいものが・・・。鶴乃のは、貧──失礼、まああれなので、かたぃ──失礼、あれなのかなと思ったのだが、予想外に柔らかい。天河は、見た目からわかっていたが、これはやばい。鶴乃のとは比べものにならない。
「・・・ふみゃ・・・?」
って、え?起きちゃうのですか?思わず敬語。
「・・・ん、はぅ」
まてまてまて、この状況で起きられたら・・・!
だが、遅かった。
鶴乃と天河は、目を覚まし──────
「勘弁してくれ・・・」
俺は、手を頭にやり、天井を見てそう言った。
趣味とはいえ、思うように物語が進まないこの状況。どうすればよいか!?どうすればよいか!?