死神の温度 余命宣告された少年の話
「あなたは14時45分に亡くなりました」
暗闇の世界にいた僕はいきなりそう言われた。声のする方を見てみると黒のスーツを着ていた僕と同じくらいの男の子が金色の懐中時計を見ながらこう言った。
「あなたの願い事はなんですか?願い事を一つだけ叶えます」
僕は生まれた時から体が弱く、入退院を繰り返していた。退院しても友達と遊ぶのは必ず部屋の中で、外で遊びたい年頃の僕たちにとってはきっとつまらない遊び相手だった思う。段々と一緒に過ごす友達は少なくなってきて、だから僕はベッドの中でいつも本ばかり読んでいた。
よく読んでいたものは冒険活劇で僕には体験できないことを体験させてくれる本たちに心躍らせた。
前は学校にも行けていたけれど、それでも学校に行ける日は数少なくて行けたとしても体育はいつも見学。休み時間も外で遊ぶクラスメイトたちをよそに教室で読書をしていた。そんな僕に同級生たちは遠巻きに見ているだけであまり話しかけてこなかった。もしかしたら先生たちに面白半分に病気の事を聞いたりしないように言われていたのかもしれない。でも僕自身、病気の事はよくわかっていない。一度、気になって聞いてみたけれどそのうち良くなるからとはぐらかすばかりで何も教えてくれなかった。それ以来、僕は自分の病気のことは聞かなかった。本当はというと怖くて聞けなかったのが正しいと思う。
僕はある日、突然倒れ意識不明になり数日、生死の境をさまよったと泣きながらお母さんに言われた。大好きなお母さんを悲しませることしかできない僕が泣いてしまうと余計に悲しませるからそれから僕は大人の前では泣けなくなった。
その日から僕の生活はこの白く切り取られた無機質な部屋が僕の世界ですべてになった。面会に来られるのは家族だけになってやれることも色々と制限が付くようになったけれど本だけは読めるからこの入院生活は満足していた。
でも、この入院生活も嫌なことはあって痛い注射や薬の副作用だった。なんで僕がこんな目にあわなきゃいけないの?って思わない日はなかったけれど仕事で忙しいのに合間をみつけて会いに来てくれるお父さんにも毎日、来てくれるお母さんにもそんなこと、口に出来なかった。段々とやせ細っていくお母さんを見ているとそんなこと言えるはずもなかった。
そんなある日のこと、僕はポットを使うために部屋から出ると、お父さんたちが僕の担当の先生と歩いていくのを見かけた。本当はあまり部屋から出ることを制限されている僕はいけないことだと思いつつ身近にこんな本で読んだ冒険のようにドキドキできる機会はないと思ってこっそり後をついて行った。
ある部屋の中に3人は入っていきなにか話をしていた。扉に耳を近づけ聞き耳を立てると、
「――ー君の容体は、今は安定していますが余命はもって2年くらいです」
余命。余命って確か残りの命だよね。
僕は、入院生活に飽きないようにお父さんとお母さんが様々な本を持ってきてくれた。それは、子供向けから大人の人が読むようなものまで。わからない言葉が出てきた時には調べるようにした。前に読んだ本で出てきた言葉だ。
僕は、あと2年で死ぬ。その言葉を聞いたときに苦しくなって僕は息を止めていたことに気が付いた。
お母さんがなにか先生に向かって叫んでいたけれど耳に入ってこなかった。そして、誰にも気が付かれないように病室に戻った。
ベッドの中で布団に包まって先生の言っていたことが頭の中を駆け巡る。今まで痛く我慢していた治療も無駄だった!全部。全部無意味だった!!
涙と鼻水でグシャグシャになりながら僕は声にならない声で泣いた。
しばらくして、足音が聞こえてきてそれは僕の部屋の前で止まった。先生との話が終わってお父さんたちが戻ってきたのかもしれない。僕は涙で濡れた顔をパジャマで拭いた。今までみたいになにもなかったかのように振る舞わなきゃいけない。今までだってできたんだからそのくらいなんてことない。
お父さんとお母さんが病室に入ってきて、お母さんの顔を見てみると目が赤くなっていた。もしかしたらここに来る前に泣いたんじゃないかと思うと胸が苦しくなった。
「また、本を持ってくるけどなにか読みたいものとかある?」
とお母さんが聞いてきた。
「冒険する話がいい」
そう僕が答えると帰りに買ってくるから明日、楽しみにしていてねと言って帰っていった。
次の日、冒険物の小説と少し温かいおだんごをお母さんが持ってきてくれた。おだんごはあんこがたっぷり乗ったものとみたらし。どっちも病院では食べられないものだったから嬉しかった。
お母さんが帰ったあと、持ってきてくれた本を開いたけれどいくら読んでも頭の中に入ってこなくてあんな心躍らせた冒険物だったのにちっとも楽しめなかったから本を閉じて読むのを止めた。
あの日から、お父さんも仕事で忙しいはずなのに毎日来てくれるようになった。
話すことは他愛もないことばかりで近所で可愛い子猫を見かけたとかどんな花が咲いたとかばかりで僕が見ることのできない作り物じゃない現実の世界の話を聞いた。
でも、僕はそんな話を聞いても外に出て見れる訳じゃないのにと逆に辛くなった。
次の日も会いに来てくれることでしか生きる術をなくしてしまった僕は治療を続けることしかできない。痛く辛い治療でも我慢していた僕の強がりを許して。
それは決して言ってはいけない言葉だった。でももう耐えきれなくなってしまった。
「きっと、良くなるってあと何回痛いのを我慢すればよくなるの?お母さんが注射する訳じゃないのになんでそんな顔するの?」
ほとんど八つ当たりだった。
あれから何ヵ月が経って僕は沢山の管を体につけられたけどやっぱり良くならなくて、お父さんもお母さんももちろん僕も限界が近づいてきた。
もう嫌だった。
だって苦しいばかりで。
痛いばかりで
この世界にはきっと神様なんて存在しない。存在しているのなら戦争は起こるの?
なんで幸せな人と不幸な人がいるの?
なんで僕の病気は治らないの―――?
だから、僕は否定する。神様なんていない―――と。
全部終わりにしたかった。でもそれをお父さんとお母さんにさせるのは残酷すぎる。だから、僕は、
「もう、いいよ。この機械止めて」
そうお願いをした。お母さんが目を大きく開いてそこから涙が溢れている。お父さんも顔を背けてよく見えないけれど目を抑えている。
遠くで、お父さんとお母さんが僕の名前を読んでいる。
僕はそれに答えることが出来たのかな―――。
「もう一度、聞きます。あなたの叶えたい願い事はなんですか?」
「僕の願い事は、またお父さんとお母さんの子供に産まれ変わりたい」
「わかりました。その願い叶えましょう」
と死神さんは頭を下げ消えていった。
「おはよう」
台所で朝御飯を作っていたお母さんに声を掛けて、椅子に座って朝御飯を食べた。
僕にはお兄ちゃんがいた。お兄ちゃんは産まれた時から体が弱く、僕は会ったことがなくて今は遠くにいて会うことができないけれど。だから僕はお兄ちゃんの分もお父さんとお母さんの事を大切にしてあげなきゃならない。
写真の中の笑顔のお兄ちゃんに行ってきますと声を掛けて僕は、元気に家から飛び出して学校へ行った。