英雄職なんてもう嫌だ
英雄だって、たまにはお酒の力を借りたくなることだってあるのです。
勇者。
それは人類を災いから救うべく日々奮闘する英雄であり憧れ、そして何より人々の希望の象徴。
賢者。
それは生命や万物の源である魔力を用いた魔法を極めた勇者と並ぶ希望、そして叡智の象徴。
神官
それは神殿で神に仕え人々の心と体を癒しあらゆる加護を施す浄化と救済の象徴。
三人は国の民のため、引いては世界のために身も心も尽くし永劫の安寧を求めるため日夜奮闘している。
だがそんな三人にも休息は必須である。
これはとある酒場のカウンターから始まる英雄職三人の愚痴物語である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔法も異種族も不思議な力を持つ武器やそれが眠る迷宮が存在するとあるファンタジー世界。
その世界で悪の限りを尽くす魔王を倒すために日々戦う通称英雄職の三人がいた。
勇者、賢者、神官。
全員女性でありながら屈強な男性すらいとも容易く倒してしまう三人は人々から尊敬の眼差しで見られ憧れの対象として映っている。
だがそんな三人とて疲れや鬱憤が溜まることだってもちろんある。
ガンッ!!
勇者が酒の入ったグラスを勢いよく置いて叫んだ。
「だーかーらー! 元々好きで勇者やってるんじゃないって言ってるでしょうがぁ!」
「おーおーだいぶ出来上がってますなぁ勇者殿」
「仕方ありませんよ、最近お疲れ気味ですし」
とある辺境の国の酒場のカウンター席に横に並ぶ三人。
今この酒場には三人とマスターしかいないため何を話そうと彼女らの自由というわけだ。
一応彼女ら三人は人類から崇められるほどの”超”重要職についているため本来なら不用意な発言一つで始末書を書かされるのだが、この夜はそんな制約がないため酒の力に身を委ねて言いたいことを思い切り言える。
中でも一番爆発しているのは勇者である。
三人の中で一番重要な役職についている彼女は店に入って一杯目から度数の高い酒ばかりを注文しており、その結果英雄系女子たちによる女子会開始わずか十分でこのざまである。
「何が不満なんすか。最近は魔物たちだって落ち着いてきてますし前よりは平和じゃないっすか」
「そうじゃないのよ賢者ちゃん。きっと男絡みよ」
「男絡みって言っても勇者さんが惚れたなんて話………あっ、そういうことですか」
「そういうことよ」
神官の発言で何かを察した賢者。
それに呼応するように勇者はカウンターを両手で叩いて大声で嘆く。
「いい人欲しいよおおおおおおおお!」
「………ほらね? 男絡みでしょ?」
「いやぁ出来れば察したくなかったっすけどね……。ま、確かにうちらは出会い無いですよね」
「どちらかというと恋愛対象よりは尊敬の対象だものねー」
「国に帰っても爺共のどうでもいい話強制的に聞かされて街に遊びに行く暇もあったもんじゃない……いいじゃない、少しくらい自由にさせてくれても……。はぁ、いい人欲しい……」
カラン、と音を立てるグラスに口をつけてショットグラスの酒を一気に飲むとそのままマスターに同じものを注文した。
「お客様、あまり飲み過ぎはいけませんよ」
「いいのよ今日は飲み潰れたい気分なんだから……あ、マスターって結婚してるの?」
「すみませんが妻と子供がいます」
「ちきしょー…………二人はどうなのさ!」
あまりにも唐突な矛先の転換に賢者は酒が変なところに入り思わず咽かえる。一方神官は動じる様子もなく優雅に飲んでいた。
「うちらっすか?」
「そうよ! 二人はそういう願望ないの!?]
「まぁそりゃいればいいっすけどね……」
「私は別に、いずれ出会いがあると信じてますから」
「小生意気ねぇ~!」
そう言うと勇者はグラスをグイッと飲み干して意気揚々と立ち上がった。
「あー……なんかもう腹立ってきた!! 二人とも行くよ!」
「え? 行くってどこにっすか? しかもこんな時間に……」
「どこに行くかですってぇ!?」
「うわっ! すっごい酒臭いっすよ!」
顔をズイっと賢者の顔の近くに持ってくる勇者。
そしてその勇者の酒臭い息に思わず顔をしかめる賢者。
賢者の問いにも答えずに勇者は三人分の会計を済ませて荷物をまとめて声たか高に叫んだ。
「決まってるでしょ。魔王のとこよ魔王のとこ」
「あらあら」
「……マジすか?」
「あったり前でしょ、あいつさえいなかったらこんなことにはなってないのよ」
ブツブツと文句を言い、髪を掻き毟りながら装備を整え始める勇者。その姿に賢者は「あ、この人マジだ」と口には出さずに思う。神官はまるでこのことを予知していたかのように全く焦ることなく自分のペースを貫いていた。
勇者の方も先ほどまではへべれけ状態で足元がふらついていた場面もあったのだがそこはファンタジー世界御用達の万能技術である魔法で酔いを醒まし、まるで最初から一滴もお酒を飲んでいないかのようにふらつくことなく立っていた。
賢者はそんな勇者と神官の姿を見て諦めが付いたようで、グラスに残っていたお酒を飲みほして準備をする。
「じゃあマスター、ご馳走様」
「いってらっしゃいませ、お客様」
勇者がドアを開けるとカランコロンと軽快な音を鳴らした。
それから数日後、見事勇者パーティーが魔王討伐を果たし、その話は瞬く間に世界中に伝わった。
これでもう英雄職なんてしがらみに捕らわれることはない。
勇者はそう強く思った、だが現実はそうはいかなかった。
魔王討伐という偉業を成し遂げた三人はさらに人々、いや、世界中からより崇められる存在になり、男性が寄ってくる寄ってこないの話以前にそもそも民衆が寄ってこない。
私なんかがお近づきになれる人たちではない、そう言った民衆の共通の考えから三人は英雄職から伝説へと格上げされ、戦闘に赴くことがほとんどなくなったもののそれに比例して出会いが余計に無くなった。
魔王討伐から数週間、以前にも増して勇者の出会いへの渇望は濃くなったとか、なってないとか。
そして三人は再びとある酒場へと赴きカウンターに座った三人。
勇者はアルコール度数が一番強い酒を頼み一気に飲み干す、そして叫んだ。
「いい人欲しいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
その慟哭は平和な夜の空へと響き渡った。
お楽しみいただけたのなら幸いです。