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君のいる世界  作者: 田鰻
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始まりの吸血鬼 - 9

斥候を派遣するまでもなく、パトリアーク、メイトリアークから次々と報告があがる。


「外周から130地点まで踏み込まれていますね。どうやら我々が思っていた以上に、ここの存在は人間社会から忘却されているようです」

「目的は商品の回収でしょう。

他は全て死んでいたのに、商品の骸だけが見当たらなかった。

生存の可能性はゼロではありません」


さしたる値も付かぬ安物ならば、一緒に死んだという事で片付けたかもしれない。

だがフィリアは、零落したとはいえ貴族の血筋。間違いなく、法外な金を払った買い手も既に決まっていたのだろう。探索に労力を割く価値は大いにある。

生まれによって、金額でも扱いでも命の価値に差が生じる。道徳論を説いても始まらない、これが現実だった。貴族の娘を奴隷身分に貶める。そういう所にステータスを見出す歪んだ有力者は、いつの時代にも絶えない。


「しまったな……あのままにしておいたのはまずかった」


とんだ手落ちだった。荷馬車の残骸と死体を片付けさせておけば良かったと思っても、後の祭りだ。少女を捜して追手が差し向けられるなど考えもしなかった、というのが正直な所だった。

先の事など考慮する必要はないまま、ずっと生きてきたのだ。


「周りは全て岩だらけの山道。

人が逃げ込めそうな場所は、ここしかありませんから」


さて、どうする。

打てる手は幾つかあるが。

迫られた選択は、あっさりと選び取られる。


「わたし行くよ、おじさん」


少女がクレスト達を見上げ、はっきりと口にしていた。

声音があまりに淡々としていた為、彼は、少女が事態を正しく把握していないのではないかと疑った程だ。

しかし、戸惑いや迷いのない目を見れば、そうではない事が判る。


「むずかしいのは分かんないけど、わたしが見つからないと、あの人たち帰れないと思う」

「見つからなければ諦めるしかないよ。もう少し隠れていればいい」

「でも、そのあとは?」


問われて、彼は言葉に詰まった。


「見つからなければ、あの人たちは帰るかもしれないけど、でも、そのあとは?

わたし、行くところないよ」


もはや泣く事もなく、現実を現実のままに、少女は語る。


「だから、いま行く。

家がなくなって、払えるお金がなくなって、わたしは売られたんだから、行くよ。

あっちが、わたしの行く場所なんだよ」


彼は黙っていた。

目先の思いつきをただ口にしているだけのクレストより、この幼い少女の方が余程自分の置かれている立場を理解していた。

言われるまでもなく、少女は知っていたのだ。自分の居場所など、既にこの世界から失われているという事を。何とかそれを守ろうとしてくれた大人達は、皆、殺されるか奪われた。少女の目の前で。


「あの人たちのいるそばまで連れてって。そしたら、わたし行くから。

パト、お庭のお話たのしかった。メイ、お菓子おいしかったよ」


最後に少女は、彼の顔を見た。


「ありがとう、おじさん」


フィリアは、一番良く遊んでくれたパトリアークの前に行くと、その手をそっと握った。

暫し少女を見下ろしてから、パトリアークはクレストに視線を向けた。

黙っている彼に一礼すると、そのまま少女の手を引いて歩き出す。


彼はただ見ている。

さよならを返すでもなく、慰めを伝えるでもなく、いつもと変わらぬ疲れた顔の棒立ちで。

だが、その心までが平坦だった訳ではない。

動きたい。

動かなければいけないではない、動きたい。

弱々しいが、確かにそこにある衝動。どんなに小さくとも、それは馴染んだマイナスとは違う。

動きたい。しかし動けない。

長い長い時間続いた諦めが生む躊躇は、急に現れた現実に立ち向かえない。

魂の芯まで浸り切った悠久が、彼の足を止めていた。

隣で見送るメイトリアークもまた、何も言わない。

主であるクレストが意向を示さないならば、それは従者である彼女が口を開く事ではないからだ。

そう、普段なら。


「何かなさりたい事があるのでは?」

「……いや、いいよ。思いつきの、ほんの我侭みたいなものだ。

わざわざ押し通さなくても、このまま放っておいても、どうせ少しすれば忘れてしまう。いつものように」

「我侭を飲み込んだ結果が、その体ではないのですか」


彼は僅かに、その鋼色の瞳を揺らした。

メイトリアークは去る2人ではなく、クレストの顔を見ている。


「そうだね」


彼は呟くと、長い脚で大股に進み、2人の前に回り込んだ。

パトリアークが立ち止まる。

おじさん、と少女が言った。


「俺が送っていくよ。あんまり、お話できなかったからね」

「……うん」


フィリアの返事は、今ひとつ歯切れが良くない。

それは誰でも、最初に助けてくれはしたが屋敷で過ごした間ほとんど関わらなかった陰気な男より、見た目の年齢も近く、何かと世話を焼いてくれた2人の方がいいだろう。子供であれば、これで最後だと思えば尚更だ。

が、少女は駄々をこねたりはせず、パトリアークから手を放し、代わりにクレストの手を取った。

じゃあ行こう、と彼が言う。まずはパトリアークが、やや遅れてメイトリアークが、彼に向かい黙礼した。


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