始まりの吸血鬼 - 7
庭を並んで歩く、2つの人影がある。
一人はパトリアーク、一人は屋敷で保護している、人間の少女。
花壇や植木の前でひとつひとつ立ち止まっては、何事かの会話を交している。
おそらくはパトリアークが、その草木についての説明をしてあげているのだろう。
ひとつが終わると、また次へ。後をちょこちょこと付いて歩く少女は笑顔で、とても楽しそうだ。
少女の名前は、フィリアというらしい。これも、後で従者から聞いた。
その奇妙に平和な光景を、クレストはメイトリアークと共に、屋敷の窓越しに見下ろしている。少女と出会い、引き取り先が見つかるまでの滞在という事にしてから、早くも3日が経過していた。
「かわいいなあ」
彼は率直な感想を口にした。少女を追う目線は、自然と綻んでいる。
あんな風に明るく笑って、無邪気に遊ぶ生物に接したのは、これだけ生きていて始めてかもしれない。
ふと視線に気が付き横を向けば、まじまじとメイトリアークが彼を見ている。
「真祖が幼児性愛趣味だとは存じ上げませんでした。これだけ長くお仕えしながら、不手際を陳謝致します」
「あのね……」
さすがにこれには反論したクレストに、メイトリアークが今度は誤解を詫びる。
「申し訳ございません。淫魔であるという僕の特性上、どうしてもそういう見方が最初に来るというだけで」
そう言われては、彼は何も言えなくなる。
実際、彼女に悪気はないのだろう。種族によって物事の判断基準が異なるなど、珍しくない話だ。
「でも君、別に……」
しかし、それにしては少々おかしな事がある。
淫魔サキュバス。その中でもとりわけ強い力の持ち主であるメイトリアークだが、日常接する彼女に淫靡な雰囲気は感じられない。逆にストイックな印象ばかりを受ける。
迂闊な、と言っていいのかどうかは不明だが、これまでメイトリアークの、そうした淫魔らしからぬ面を特に気にした事はなかった。しかし思わぬ新しい風が吹き込んだからだろうか、何かと細かい点に目が向く事が多くなっている。
うまく言えずにいる彼に、メイトリアークは答える。
「真祖も吸血鬼ですが、血に目がないという訳ではないでしょう。
嫌いではありませんし根幹はそれですが、僕が淡白な事はそう不思議ではないかと」
「なるほどね」
自分を例に持ち出されては、納得するしかなかった。
彼は話題を変える。
「ところで、あの子の引き取り先の件はどうなってる?
良い所が見つかりそうかい?」
連れてきたのはいいものの、フィリアの世話は結局2人に任せきりだった。
人間の、それもあんなにも小さな子供と、どう接していいのか判らないというのが大きかったからである。
メイトリアークが、やや眉を寄せる。芳しくなさそうだな、と彼は思った。
「それなのですが、率直に申し上げて難しいかと。
真祖の御意向です故、当たれるだけ当たってみて、一応の結果が出るまではと思っておりましたが、やはり予想通りにどの施設でも断られました」
「素性が不明な子供は預かれない?」
「いいえ、そういった子供を預かる施設もあります。むしろ逆なのですよ。
こればかりは、真祖自ら御覧になって頂いた方が早いでしょう」
失礼します、と言うと、メイトリアークは目の前の窓を開け、下に向かって呼びかけた。
気付いたパトリアークが、フィリアを抱えて飛んでくる。
ふわりと絨毯に着地する間際の少女は、目を丸くして、口を縦長の「おー」の形に開いていた。あれを、とメイトリアークが告げ、パトリアークが頷く。
続けて、フィリアとも同じやり取りがあった。一人だけ事情が把握できずにいるクレストの前で、メイトリアークはフィリアの服に手を掛けると、いきなり上着を捲り上げる。
彼が口を挟む暇もなく、フィリアの背中が剥き出しになった。
次に、別の意味で彼は言葉を失う。子供らしく瑞々しい素肌の、右肩の下に、黒く爛れたような焼印が押されていた。周囲の皮膚は火傷に引っ張られて引きつっている。声こそあげなかったが、陰気な無表情が珍しく揺れていた。