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君のいる世界  作者: 田鰻
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オールマイティ - 5

「どうして、ねえ。

難しい質問だが、そりゃ色々あるからさ」

「そんな答えでは納得できない」

「ならもっとマシな聞き方しろ。

希望する回答を引き出すには、適切な聞き方ってのがあるんだ。

質問の作法を覚えなきゃ、見当外れな答えが返ってくるだけだぜ。鏡見ながら喋る練習しとけって、オレが言ったの忘れたのか?」

「……憶えているよ。練習はしなかったけれど、その結果を君に話せる日がまた来ると、一向にうまくならない会話を詰られる日が、こんな形ではなくまた来ると、そう思っていた」

「努力をしない奴に結果は付いてこない。最初っから放棄してたら何も得られねーぞ? フィリア嬢ちゃんに呆れられたまんまでいいのか?」

「……君に、その名を呼んで欲しくない」

「なんだ、ちゃんと怒れるんじゃねえか」

「怒ってはいない。少し、疲れてはいるけれど」

「腹立たねえの?」

「わからない。……だが、俺が君の前にいるのは怒りからではない。それは知っていて欲しい」

「へえ」


殺される側にしてみれば、怒りで殺されようが他の理由であろうが、何も変わりなどしない。

だが、短い相槌を打ったウィルは、どことなく感じ入ったような顔をしていた。


「次は、俺から聞いても構わないかな」

「あ? ああ、どーぞ。てか、んな事聞くなよ」


耳を疑ってから、ウィルは苦笑いした。

律儀というべきか、どのような場所でもどのような状況でも、場違いな男だった。世界と同一でありながら、否、世界と同一だからこそ、世界のどこにも溶け込めずにいる男。常にマイペースを貫ける事こそが、まさしく不死者の孤独そのもの。おかしな所で、ウィルはそれを実感する。

そしてやはり会話の訓練は必要だろうと、改めて認識した。


「君一人で来たのは、何故だ」

「おっ、今度は具体的な質問だな。学習してるじゃねえか」

「………………」

「怒んなよ」

「怒っていない。

……君は初め、単独で来た。次に来た時には、仲間を連れていた。一人では勝てないから集団で攻めてきたのだと思っていたが、集団でさえ壊滅させられた後で、何故また一人で来たりしたんだ」

「率いようにも、率いる群れがいなかったのさ。

前のが最初で最後の大規模進軍のチャンスだった。二度のしくじりは許されず、加えて莫大な損害を出しちまったオレは見放され、切り捨てられた。あのまま留まっても、オレの居場所はない。最後に雇い主から与えられたのは、憂さ晴らしの役だ」

「……気の毒な事だね」

「気の毒ねえ。当然の結果だと思うがね、オレは。

こうすりゃこうなる。想像できる事をやって想像通りの事になっただけの話じゃねえの」


自暴自棄の結果、ウィルは一人で館を目指した。

死に場所を求めてきたのかと、クレストは理解した。

しかしそれにしては、何かがおかしいように感じた。


「まあいいさ。あんたは勝った」


違和感を追う間もなくウィルが放った言葉に、クレストは一層顔を暗くした。

一体、何が勝ったというのか。

確かにクレストは勝つだろう。そしてウィルは負け、死ぬだろう。

何も得られず、何もかも失う、喜びなど一切伴わない勝利に歓迎する価値は無い。


ウィルが動いた。

深く、腹から息を吐き出し、両脚を開き、右腕を、肩と水平に掲げて伸ばす。

格好は、最後にクレストと戦った時とほぼ同じだった。

目に見える範囲に、武器らしい武器は確認できない。

暗器による不意討ちと、捕縛による足止めからの遠距離攻撃。あるいは魔術道具。正々堂々とした決闘を鼻で笑い、獲物を仕留める事だけを追求した彼が到達した戦闘様式。どこから武器が飛び出すか判らず、飛び出した時には相手の喉を抉っている。

二度、その技はクレストに向けられた。どちらも敵意を以て。

その技が、彼との約束を果たす為に、フィリアを救う為に使われる事は、なかった。

悲しくも見慣れたウィルの姿で、二箇所、注意を引く箇所があった。

まさに今、肩と水平に伸ばした右腕の二の腕と、開いて構えた右脚のふくらはぎに当たる部分だ。どちらも、何かを仕込んでいるのだろうと一目で判るように、丸く盛り上がっていた。膨らみは腕のものがはっきりと目立ち、脚の方は比べるとだいぶ小さい。注意するなら腕だろう。

後ろ盾を失くしたウィルが、そう強力な切り札を用意できるとは思い難いが、初戦で最後まで戦うのを止めず、次には何としても逃げ切ってみせた、彼らしい足掻きだと言えた。

それも、無意味だが。


ここまでかと、クレストは目を閉じた。

じきに、しなやかで力強い踏み込みからの攻撃があり、その瞬間にウィルは終わる。あるいは踵を返して逃亡に転じた瞬間に、終わる。

どうしてと彼は問うた。色々あるからとウィルは答えた。それが人間の感覚に沿った理由であるならば、彼に理解できる日はきっと永遠に訪れない。

それが、悲しかった。

絶望に染まった瞳に、守ってやると約束した。

なのに何ひとつしてやれなかったばかりか、牙を剥かれた事情さえ知ってやる事ができない。

あの日、膠着した世界に一筋の光を見た。

諦観を破り、未来へと梯子を渡せたと思った。

希望は霧散し、己は裏切られ、従者は傷付き、幼子は悲しみ、ウィルは全てを失くした末に死んでいく。

こんな事なら、出会わなければ良かった。出向かなければ良かった。何も考えなければ良かった。そこに在る事だけを求められた存在に、掴めるものなど最初から無かったのだ。


「そして、オレも勝った」


がちりと、奥歯で何かを噛み締める音がする。

鈍い炸裂音が、ウィルを包んだ。


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