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君のいる世界  作者: 田鰻
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待ち人、来たる - 2

「ここ、こんなにとんがってていいの?」

「はい、そこはこちら側を削り終えると影の役割を果たす部分ですので、尖らせておいて構いません」

「へえぇ、パトってすごいね。わたし、聞いても全然そんなふうに見えてこないもん」

「到底予想だにしない方向から観客に驚きをもたらすのも、この道の妙味でございます。それにフィリア様はセンスがよろしい。練習なされば、ご自分でも工夫を凝らしたデザインが可能になるでしょう」

「えへへ、そうかな? ありがと」


フィリアとパトリアークは、和気藹々と細かい手作業に興じていた。

パトリアークがフィリアを立てつつ丁寧に指導に当たり、フィリアはフィリアで初めての取り組みに浮かれつつも、真剣そのものの表情で小刀を握り机に向かっている。

少し前に話題にのぼった、お揃いのアクセサリーを作るという話は、無事パトリアークの許可を通った。その類の技術に精通しているのは彼のみである為、こうして自然と指導役も請け負う事になる。

作る品物には、ブローチを選んだ。

指輪や髪留めと違って多少不恰好でも味わいが出るから、初心者のフィリアでも作業がしやすいという理由である。素材は手触りが良く、加工もしやすい木材にした。パトリアークがどこからか調達してきたものだ。さほど力を入れなくても刃が入り、掌に乗せると程良い重さがある。


「大丈夫なのかい、手でも切ったりしたら……」


テーブルに固定した楕円形の木片を、夢中になって細いナイフで削っているフィリアと、それを指導するパトリアークの横で、クレストは一人でおろおろしていた。

手を出して止めるまではせず、かといって一定周期で無益な心配事を呟くのは止めない。客観的に見た彼を表現する言葉は、邪魔の一言であった。

だが、その気持ち自体は間違っていない。塵に返ろうが瞬時に再生するクレストとも、そこまではいかなくとも容易に回復するパトリアークとも異なり、人間の傷というのはなかなか治らないのだから。

貧血でも起こしそうなクレストを余所に、フィリアはけろっとした顔である。子供はたくましい。逞しさ故に時折取り返しのつかない惨事を招くとしても、その負の側面もまた人という集団生物の特性なのである。


「気をつけてるから平気だよ。これね、面白いよ!」

「フィリア様の刃は小型で軽量、かつ薄手の革手袋も着用しております。そのぶん指先の鋭敏さは損なわれますが、万一の際にも負傷は最小限に留められるかと」

「……そこは多少損なわれてもいいから、とにかく安全を優先しておくれよ」

「重々承知しております、それが真祖の御意向であらせられるならば」

「クレストは心配しいだなあ」

「フィリア様を愛しておられるのですよ、そこは汲んで差し上げてくださいませ」

「それはわかってるけどー」

「…………」


愛しているからとさらりと言ったパトリアーク。

知っていると流したフィリア。

両者とも作業台から目を離さず、クレストを一瞥さえしていない。この適当に扱われている感じは何だろう。

そういうつもりで口にした訳ではないだろうに、愛などという単語が飛び出してきたせいで、つい、彼はこの間の嫉妬云々の話を思い出してしまう。忘れたい事に限って望み通りに早く忘れてくれない。

フィリアに執着している自覚はある。

だが、これが愛という懐の深い感情に該当するのかどうかは、彼には分からなかった。ましてや度々従者達に揶揄される種類の愛であるなどという事は、決してない。ないのだが、万物流転、この世界に絶対はないという事実もまた、彼は知りすぎるくらいに知り抜いている。だからあまり繰り返し強調されると、もしかしたらそうなのかと段々弱気になってくる。

ただでさえ自分に自信がないだけに、考えれば考えるほど思考はどん詰まりに行き当たるばかり。


「ねぇパト、クレストがまたしょんぼりしちゃった」

「フィリア様に煩がられていないか、とても不安になってきたのでしょう」

「うるさくなんてないよ。ちゃんとクレストのこと好きだよ」

「それは良かった、その言葉を聞けば真祖も浮かばれます」

「……あのさ、パトリアーク……」

「だから、クレストのぶんはわたしが作ってるんじゃない」


作業の手を止めて、にへ、とフィリアが笑う。

アクセサリーを作ると決まったら、次はどのアクセサリーにするかで迷った。

ブローチと決まってからは、デザインを全部同じにするか、一人ずつ違うものにするかでまた迷った。

最終的に、フィリアの原案通りのお揃いにするのは台座部分だけにして、嵌め込む彫刻のデザインを個々で変える事に決まった。


ここまで決定しても、まだ考えるべき事は残っている。誰が作るか、である。

全工程をパトリアークに任せるのか、それともフィリアがやるのか。

純粋に完成度を追求するならパトリアーク一択だが、折角の記念品を完全に人任せというのも勿体無い。

かといって、フィリアが全員分を作るというのは無理がありすぎる。

これは全員顔を揃えての相談の末、一人が誰か一人の物を作るという方針で決着した。

即ちクレストの分をフィリアが、フィリアの分をクレストが。


「わたくしがメイトリアーク用のブローチを作成しているというのは、不毛なれど興味深い展開です。考えてみたら彼女への贈り物など一度も経験がありません。彼女から贈られた経験もございませんが」


となれば、残った者同士で当然この組み合わせになる。

パトリアークは嬉しそうでもないが、不満そうでもなかった。あえて言うなら観察的だ。


「うー、気になるなー、メイはどんなの作ってるのかなあ……。

ね、パト。メイもこういうの作るの上手なの?」


何を彫るかはフィリアが考え、おおまかな絵も描いた。そこに少々のアレンジをパトリアークが加えている。パトリアークのサポートがあるのはフィリアに対してだけで、他は各自のセンスに任されていた。

フィリアの質問に、パトリアークがかぶりを振る。


「いいえ。わたくしの知る限り、メイトリアークはこの手の作業に自主的に関心を示した例がございません。よって技術の方も察しがつくというものです。さてしかし、となると彼女は何を出してくるか……?」

「楽しみだね」

「楽しみといえば楽しみです。わたくしにすら未知の装飾物を拝めるかもしれないという可能性においては」

「クレストは? どう? どのぐらい進んだ?」

「ええとね……ごめん、まだちょっと何も思いつかなくて……」


はっきりしない声で言い訳をする。案の定、クレストの進捗状況は芳しくなかったようだった。

彼とてさぼっていた訳ではない。むしろここ数日、頭の中はそれ一色と言っても良いくらい真面目に考えていた。フィリアに似合いそうなものを、フィリアを思い起こさせるものを、フィリアを落胆させないものをと、考えれば考える程混乱が押し寄せて結局何も生み出せないまま一日が終わる典型的な悪循環に陥っていただけで。

しかもこの件に関しては、従者達の助力は期待できないし求められない。

フィリアがほぼ自分の力のみで作業を進めているからには、他者に任せる逃げは許されない。

彼にも、辛うじてそれだけの意地は残っていた。


「楽しみにしてるからね、クレストの」

「大いに期待して待つべきであるとパトリアークは推奨します。真祖は人生経験豊富な御方ですから、フィリア様の期待を裏切りはしないでしょう」

「………………」


クレストはたまに、自分はこの従者に嫌われているのだろうかと疑う時がある。

フィリアが何を彫ろうとしているのかも気になるが、視線を敏感に感じ取ったフィリアは、すかさず両腕で覆い被さるようにブローチを隠し、ひみつ、と舌を出した。覗きをしているようでばつが悪く、それ以上追求しようという気にもなれない。


その時、部屋にノックの音が響いた。

規則的に三度。そこに何を感じ取ったのか、パトリアークが僅かに目を見開く。

重々しく扉が開いた。その先にはメイトリアークが立っている。

フィリアが歓声をあげた。


「あっ、メイ! いまね、メイの話をしてたんだよ。メイはどんなの作ってるのかなって。お仕事終わってるなら、いっしょに……」

「申し訳ありません、フィリア。僕は今、その作業に従事する事は叶わないのです」


珍しくフィリアの話を途中で遮り、メイトリアークは姿勢良く室内へと入ってくる。手には何も持っていなかった。休憩するには良い頃合いだというのに、茶器も菓子も携えずに。美しい両の瞳はパトリアークさえも素通りして、一直線に、機械的にクレストへ向かっている。

パトリアークは、ノックがあった時からずっと無言のままだった。


「真祖」


短く告げる。

声は平静だった。聞く者が呆れるくらいに。


「森に侵入者が現れました」


メイトリアークはそこで初めて口を噤むと、フィリアを見た。

生じた僅かな逡巡を打ち消して、再び視線がクレストに戻る。


「数は未確定を含めて12。うち推定4は道具や術により気配を隠蔽。非常に秩序立った侵攻から、軍属あるいはそれに相当する手練れの集団であると認識。敵の隊は二手に分散して南東より館へ接近中。――率いているのはウィルです」


パトリアークが小刀をテーブルに置く。フィリアはきょとんとしていた。

クレストは何も答えなかった。

やがて掴みどころのない茫洋とした表情のまま、いまだ事態を把握できていないように、一度だけ遅い瞬きをした。


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