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君のいる世界  作者: 田鰻
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予兆 - 5

通常、潜入行動というのは、主に夜間を選んで為される。

理由は単純に、人を含む主だった生物の活動時間帯から外れており、かつ闇によって視界が狭まるからである。無論その天然の煙幕は侵入者自身にも作用するが、潜入する側とされる側とでは、準備も心構えも違う。予め対策を練っておけば、本来不利となる要素を頼もしい味方に付ける事が可能となるのだ。

そんなセオリーに逆らい、男は昼の光差す森を黙々と進んでいた。

白昼堂々というのは余程己の腕前に自信があるのか、あるいは目的地が魔物の潜むと言われる森である事から、そうした影の存在が生命力を増す、夜間をあえて避けたのか。

男の迷いのない歩みからは、前者である事が窺える。油断なく光る瞳を見るに、どちらかではなくその両方か。

一定歩数を進む度に、男は現在位置を欠かさず確認する。滞りなし、全てにおいて問題なし。

生き延びる為に、臆病さは必要不可欠だ。自信の持ち方を履き違えた瞬間、そいつは死に片足を突っ込んでいる。ベテランの域に達しながら、そうやって消えていった仲間の話を、男は何度も耳にしていた。

だが考えてみれば、果たしてあれらが仲間と呼ぶ存在だったかは怪しい。単なる同業者、仕事一回限りの同行人、そう呼ぶのが正確だろう。男のような完璧な一匹狼は珍しいのだが、それで不自由を感じた事もなかった。


男が森への入口として選んだのは、前回の捜索があったという地点から、やや南西に移動した場所だった。解雇されて行方をくらました前任を見つけ出し、渋る口をどうにか酒と金で割らせて、地形を掴んだ。

前回派遣された捜索隊は、この一名を除いて皆死んだ。全員が獣の群れに襲われて食い殺されたと、報告にはある。

この報告、注目すべきは獣ではない。少なくとも獣に襲われたというその地点、即ち森のある程度奥地までは、素人に毛の生えた程度の連中でも、余裕で進める地形だったという事だ。

同じく食い殺されて無残な骸を晒していたという、貴族の子供の脚でも。

複雑な地形は、移動だけで体力を消耗する。子供でも容易に歩ける地形となれば、検討する価値は充分にある。

他に上空を覆う枝の広さ、深さ、森の中の暗さ、藪の深さ、水の有無などを聞き出し、最終的にここを選んだ。獣の縄張りについての情報が何も無い以上、有利な情報を最大限活用する方針を取るしかない。


没落した貴族の子供――。

自分が追う”商品”の正体がそれだと聞いても、男には何の感慨も浮かばなかった。

貴族である事にも、子供である事にも。

栄華が破壊されるのは歴史が証明する世の習いで、罪無き弱者が理不尽に虐げられるのも珍しくなどない。眉を潜めてそうした悲劇を糾弾する連中が、じゃあその子供達の為に何をしてくれるというのだろう。タダで解放してやるから、条件としてお前の家で引き取って育てろと言った途端に、態度を変えて尻込みを始めるのだから、愉快な正義もあったものだ。

それは現実的じゃないと言った奴には大笑いしたくなった。何が現実だ。お前が一言そうすると答えれば、その現実はすぐさまお前の手に入るというのに。

結局は、可哀想だ、救われるべきだと安全地帯からエールを送る子供よりも、己の金銭面と住居の問題を優先する。


そして、聞き取りを終えて確信した事がある。

こいつは嘘をついてやがる。

商会もそう思ったからこそ、新たに自分を雇ったのだろう。前任の発言は極めて怪しいが確たる証拠はなく、現に隊は全滅しており、生き残りはひどく怯えきった様子でいる。だが問い詰めても怖がるばかりで口は割らない。商品は死んでいたと言っている割に、それを示す証拠の一切れも持ち帰らなかったのも不自然だ。

雇う側が奴隷趣味のある連中でも、拷問趣味じゃなかった事はあいつにとって救いだった。いちいち暗がりに怯えていた生き残りの顔を思い出して、男は声を出さず笑う。


(しっかしまぁ、獣ねえ……)


だとしたら、近頃の獣は賢くなったもんだ。

森へ入ってすぐ、男は結界に突き当たった。

順調だった歩みを止められ、幾らか不機嫌そうに顎髭の剃り跡を親指で扱く。

こんな報告はなかった。が、これに関しては前任が嘘をついたとも思えない。

おそらく、あの生き残りが逃げ出した直後に張られたのだろう。

何の為に。二度と森に侵入させない為に。

ではそうまでして、何故阻む。

森を荒らされたくないからか、それとももっと別の理由があるのか。


男はスッと両目を細める。

霧に似た白いもやが、森のそこかしこに漂っている。

霧なら誰にでも見えるが、これは魔術を学んだ者でなくては感知できない。

攻撃性の薄さ、移動性の無さから、位置補足用だと男は踏む。

見えないまま無造作にあの霧に突っ込んでいくと、どかん。場所を暴かれ、本格的な罠が発動する。

が、正体さえ判ってしまえば、あとは回避するだけ。

もやの数は多いものの、視界全方位を塞いでいる訳ではない。人ふたり分程の隙間を潜り抜けて先へ進むのは、男にとっては難しい事でもなかった。


念入りにするには、それだけの理由があるんだろう?魔の森さんよ。

男が、ばらばらに切り揃えられた前髪を掻き上げた。


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