従者パトリアーク - 1
ちょき、ちょき、ちょき、ちょき。
鋏の噛み合う音がリズミカルに響く。切り落とされた葉が、枝が落ちる。
几帳面な性格に相応しく、剪定のタイミングもまた等間隔だった。
時折、完成形を思考する時間がそれに混ざる。
やがて見事な真円に形作られた低木を、パトリアークはさも満足そうに眺めて微笑した。
一仕事を終えた庭師の青年は、一向に着崩れしない青の燕尾服と、お揃いの青のシルクハットの位置を整える。最近は、幾らか後方に傾けるように被るのが気に入っている。無論、落ちるような無様な事はない。
隙なく整えられた広大な庭園は、彼のお気に入りだった。
稀に、天候の変化による思わぬ被害に見舞われる事もあるが、それもまた楽しいハプニングであった。
庭園だけではない。洋館の外観を整えるのも、内部の調度品を選ぶのも、設置場所を決めるのも、室内の模様替えをするのも、時に部屋ごと作り替えてしまうのも、こと装飾に関する分野は、全て彼の担当である。
夢魔たるパトリアークにとって、この世界は、一切の誇張なく仮初のものに過ぎない。
魂。核。本体。真の姿。言葉は何でもいい。
夢の領界。それが彼ら夢魔が身を置く世界。蒼く燃え盛る鬣を靡かせ、黒き駿馬達は、夢という草の生い茂る永遠の草原を駆ける。
現世は、パトリアークの格好の遊び場であった。
見る者なくして、夢は成り立たない。故に彼は、この仮初の世界をもまた愛していた。
否、仮初の世界だからこそ余計に、か。
傍目には退屈に見える単調な繰り返しの日々を、苦に思った事はない。趣味とは、そうした面も孕んでいるものだ。
主にも感謝をしている。この複雑怪奇な世界を作り上げたのは、かつての主の仲間達だというではないか。
多種の生き物なくして、多様な夢は生まれない。
よってパトリアークは心から主であるクレストを敬い、忠義していた。
最近になり、この屋敷に新しい住民が増えた。この場合は、住人と呼ぶべきか。
主が保護すると決めた、人間の少女。名前はフィリア。まだ10歳にも満たないながら、気丈で、聡明さを伺わせる。人の世界では貴族の位にありながら、家は零落し、人買いに買われたところを主によって助けられた。背中には家畜を扱うように焼印を押され、未来など見えない身ながら、それでも明るく笑う少女。
こんな子供が、何故こんな酷い目に遭わなければならないのだろうと彼は思う。仮初の世界は理不尽に出来ている。
そして不幸を生み出す人買い達とて、また夢を見る。パトリアークには、どちらも大切な存在であった。
魔の住む館に迷い込んだ、明らかな異分子である人間の少女を、パトリアークは歓迎していた。到着直後こそ、同性という理由でもう一方の従者であるメイトリアークが身の回りの世話をしていたが、物怖じしない少女はすぐに彼にも懐き、今では服装選びもすっかり任されている。実に良い傾向だった。人間の子供というとても珍しい対象を、公認のうえで存分に飾り付けができるのだ、彼に文句などあろう筈もない。
この年齢の子供となれば、それこそ一日毎に成長していく。
それは毎日変化の起こる舞台を手に入れたに等しく、フィリアの成長に合わせて細々と工夫を凝らすのもまた楽しい。時に豪奢に、時に素朴に。成長に合わせ、天候に合わせ、気分に合わせ、一切の妥協をせず少女を着飾らせていく。まったく、人の世界を覗いても、自分程真摯に事に望んでいるコーディーネーターはいないだろうと彼は時々考える。
それでフィリアは喜ぶ、喜ぶフィリアを見た真祖も喜ぶ、飾り付けを楽しめた自分も喜ぶ。申し分のない充実した日々である。ますます、仕事という名の趣味にも力が入るというものだった。たまにメイトリアークの目が怖いのが気になるが、こちらに邪な気持ちはゼロなのだから、目くじらを立てる必要は無いではないか。そういうのは淫魔に任せておけばいい。
自分はただ、この仮初の箱庭とそこの全ての住民達を、心ゆくまで整えておきたいだけなのである。