従者メイトリアーク - 3
メイトリアークが恭しく開いた扉の先では、使い慣れた長テーブルで、ちんまりとフィリアが待ち構えていた。クレストの姿を認め、浮かせかけた腰を椅子に戻す。待ち構えていたというのが良く伝わってくる。
メイトリアークに詳細を尋ねても教えて貰えずにいたクレストは、ここに至ってもまだ状況を把握しきれていない。おやつの時間、などと言っていたから、フィリアのそれに付き合えという意味かなとぼんやり考えていた。
「クレストー、はやくはやく!」
すわって、と、自分の隣の席をぱんぱん叩いている。
クロスの敷かれた上にあるのは、皿に乗せられたケーキ……だろうか。赤みの強い紅茶と、乳白色のティーポットが置かれた銀の台には、庭の花と宝石を使ってシンプルな飾り付けがしてある。
クレストは、メイトリアークが引いてくれた椅子に腰を下ろした。そういえばここの席には一度も座った事がなく、見慣れた食堂内の風景が新鮮に映る。
フィリアは、彼を見上げてにこにこと笑っている。嬉しそうなのは結構だが、疑問の答えは得られそうにない。
次に、ケーキ。どう見ても何の変哲もないケーキだ。それだけに、自分の前に置かれているのが異常に感じる。
「上手にできたでしょ?」
「……ええと、もしかして君が?」
クレストがケーキを指さして聞くと、うん、とフィリアは答えた。
「メイが教えてくれたんだよ」
「僕はちょっとした指示をしただけですよ。あとは火の番程度です。
そちらは、フィリアが真祖にとお作りしたものです」
「そ、そう。え、俺に?」
「食べて食べて!」
期待を込めた眼差しで見つめられ、ようやく追い付いた理解に混乱しながらも、クレストは胡乱な承諾を返す。
ところがいざ食べようとしたものの、フォークがうまく見付けられない。
別に隠されていた訳でもないのに、動揺が激しくて咄嗟に探し出せなかったのである。挙句に手掴みでいきそうになった時、脇からメイトリアークがそっとフォークを差し出してきた。
的確な助け舟を出した彼女は、あくまでもこの状況下における己の役目を弁えて、無表情、無言である。
内心呆れてるだろうなあと項垂れながら、クレストはともかくもフォークを手に取り、ケーキを小さく切り取った。刺す。口に運ぶ。食べる。一部始終を、じいっと見ているフィリア。
「うん、おいしいよ」
「ほんと!?」
「これはリンゴかな。細かく切って入ってるよね」
「あとね、すっておろしたのも混ざってるんだよ! ねー」
目を輝かせながら、フィリアはメイトリアークを見る。
「そうか、手が込んでるんだね」
「おろす方には、リンゴの皮が入らないようにするの」
手順を確認するように、メイトリアークの方をその都度見ながら、フィリアがクレストにケーキ作りを教える。
彼もまた律儀に、その度に頷いて返した。実際本気で感心しているのかもしれない。知らない事だから。
「良かったですね、真祖が喜んでくださって」
「大成功だよね。
あのねクレスト、次はもっと違うの作るから」
「そうか、楽しみにしてるよ」
「フィリアは、真祖の事が好きなのですね」
「うん!」
「はは……ありがとう」
何の迷いもなく答えたフィリアにどこか弱々しく笑いかけてから、クレストは二口目を食べる。
リンゴの香りがほのかに漂う生地を舌で潰しながら、彼はやや離れた位置に置かれているカゴの中身を見た。
「……それにしても、ずいぶんたくさん作ったよね」
「あー……」
フィリアからやや勢いが消え、クレストと共にそちらを見る。
大量に作り過ぎた生地は日持ちするような物ではなく、結局すべて焼いてしまった為に、完成品は大籠に山盛りになって盛られていた。
いくら小振りのカップケーキといえど、これだけ集まると壮観である。
「あれは誰もが通る道です。
真祖でしたら、このくらいの量は問題ないでしょう」
「そうだね。ちゃんと全部食べるから大丈夫だよ、ありがとう」
「そかー。クレストたまに元気ないから、もっといっぱい食べるといいよ」
「言われていますよ、真祖」
「……運動でもするかな」
ケーキの残りをまとめて口に運びながら、ぽつりと漏らす。
運動といわれても、走り込みの途中で意識を失って倒れるか、転んで骨折する光景しか浮かんでこない。
「クレスト、端のとこボロボロこぼしてる!」
「あっ、ああごめん」
もー、と言いながら、フィリアはテーブルの上に身を乗り出して、零れたケーキ片をナプキンで集め出す。
そんなフィリアに、彼は肩身が狭そうに小さくなってじっとしていた。