She longs for you to look into my eyes
シートの横には小さなピアスがちょこんと座っていて、それを先生の指が優しくつまんで持ち上げた。
宙に浮いた小さなピアスはゆらゆらと右へ左へ揺れていた。
先生はピアスと私を交互に見ながら聞いた。
「これ優依の?」
ちがう。
そんなの、私のなんかじゃない。
「特等席の人のじゃない?」
私は先生の長い指からそれを奪って、自分の瞳の前でぷらぷらさせた。
「誰?特等席って助手席が?」
先生は私を見つめていた。
「自分で買ったプレゼントくらい覚えておきなよ。奥さんの誕生日に、先生が買ったやつでしょ。」
「そっか。そういえばそうだった…かも。」
「それに私は耳、開いてないし!先生のバカ。」
私は半分投げつけるように先生の方へピアスを返した。
先生はごめん、ごめんと言いつつ胸ポケットへとそれをしまった。
何気なく、大切そうに。
運転中の先生の横顔を見つめながら、私はいつも思うことがある。
「ねぇ、先生…こっち見て。優依のことちゃんと見てよ。」
先生はまるで小さな子供をなだめるように笑って、
「今運転中だろ。無理言わないの。」
先生はいつだって運転中だ。
いつも、いつも私以外の人を見てる。
私は、先生の瞳には映らない。
私は、先生の大切なものはなれない。
小さく揺れるあのピアスにすら、私は適わないのだ。
「哀しい…」
私は窓の外を見つめながらそう呟いた。
先生はまた笑いながら、
「寂しがり屋だなぁ。あとでかまってあげるから。」
そう言ったけど、全然ちがう。
「そうじゃない。ちがうんだもん…」
先生は冷たい人だ。
冷たくて、冷たくて、ひんや〜りしてるんだ。
だから私は、自分でも気付かぬうちに火傷する。
冷たーい温度の中で、知らないうちに低温火傷をしている。
しばらくして元町の駅に着くと、先生は車をとめた。
「優依…」
先生は私の髪を撫でながら、そう私の名前を囁いた。
先生はまず髪にそっと口づけて、耳、鼻…と少しずつキスをした。
ついに先生が私の口唇にきた時、
「嫌っ!!」と、私は言っていた。
先生は一瞬止まって、ちょっと困った風に微笑んでまた口唇に近づいた。
「先生なんてきらい!大っ嫌いだよ。」
私はまた口づけをこばんだ。
先生は私の瞳の奥を、深く見つめていた。
「何でそんなこと言うの?哀しい。」
そのまま一分間の沈黙が続いた。
先生は急に先生らしい口調でこう言った。
「何を怒ってるの?話聞いてあげるから、思ってることあるんならちゃんと話してごらん。」
私は腹が立っていた。
先生にじゃない。
もちろん奥さんにでもなかった。
「怒ってない!ただ…」
「ただ何?優依?」
「ただ先生が好きなだけ!!大好きで大好きで仕方ないから…だから先生なんて大っ嫌いなの!」
私が必死な顔と声でそうぶつけると、先生は優しく笑っていた。
「もしかして反抗期?それとも情緒不安定な思春期か!」
いつまでも、いつまでも先生は笑っていた。
だから私はさらに腹が立って、哀しくなって、たまらなく愛おしいと思った。
だから私は先生の口唇にキスをした。
つけたままのシートベルトが少し邪魔をしたけど、私は先生の口唇を食べてやった。
何度も、何度も先生と私はくっついては離れ、離れてはまた濃密にくっついた。
深ーく強く、甘〜く優しく。
先生なんて大っ嫌いだ。
だから、
ねぇ、
先生…
「もっとキスして…」